54、たぶん鳴ると思う


「神官殿は、今時の若者にしては珍しいほど真面目であるな」


「そう、ですか?」


 準備ができたところで『式』に声をかけると、ほぼ同時に現れたのはこの国のトップ。我らのショタ帝だ。

 今日の彼は白で統一された着物を身につけている。神殿を案内してもらう約束だし、私も白の法衣だから合わせてくれたのかも。


「他国であっても欠かさず『祈り』を捧げるとは、神官の鑑と言えるのう」


「いえ、習慣ですから」


 そういえばイアル町の神殿でも、毎日『祈り』をしてるのは私くらいだったっけ。

 でもそれは真面目だからじゃなくて、やむにやまれぬ諸事情があるからなんだけど。


 普通の男の人って、どうやって朝の処理をしているんだろう? 異世界もそうだけど、現代日本の男子はどうしているのか。


 つらつら考えていると、ショタ帝が指で印を結び廊下を歩き出す。

 すると足元に朱色の敷物が広がり、帝がひとつひとつ指で形を作るたびにそれが伸びていく。


「神殿へは朱色を辿っていく。我の後ろに並べ」


「はい」


「動くでないぞ」


「え?」


 帝が印を結び終えて両の手のひらを「パン!」と合わせた瞬間、景色が変わった。







『やっと繋がったぁー!! もう、ハルったら危ない橋を渡りすぎなのよぉー!!』


 え? そうだったの?

 いつになく必死な様子の水の女神様に、申し訳ない気持ちになる。

 水を媒介にして、もっと話しかければ良かったかな? ショタ帝は善人じゃないけど悪人でもなさそうだから大丈夫かと思ってたのもあるけど。


『大丈夫だとは思っていたけど、この国は干渉しづらいから心配だったのよ……夜に何人も忍び込もうとしてたし……』


 え? マジで?

 ということは、私を起こさないようにディーンさんが排除してたってこと? それはすごいな、さすがディーンさんだ。


 水の女神様にはご心配おかけしました。おかげで私は元気です。

 ところで……ここはどこですか? 辺りが真っ白で何も見えないんですけど。


『ハルと話したくて、一時的に時間に干渉して会話をしているの。ここは神域になるから出来たけど、他の神殿では無理かな』


 この国は呪われているから、神域とか無いと思ってたよ。

 なんなら浄化が必要だったりとか。


『気持ちはありがたいけど、この神殿はこの世界の主神が祀られているから大丈夫よ』


 ほうほう。この神殿は清浄に保たれているのね。

 ところで私に何の用でしたか?


『そうそう。風と土と火が協力してくれて、神々と繋がりやすいポケベ……ブローチを作ったの。もらってくれる?』


 おお、青色の宝石をあしらったポケベ……ブローチ。

 白を基調とした法衣に映える感じで、さすが水の女神様はいいセンスしているなぁと思ったよ。


 私? センスなんて惰弱なものにかまけている暇は何でもないですごめんなさい。

 

『じゃあ、何かあっても何もなくても話しかけてね!』







 真っ白な景色に色がついて、さっきまでの空気が戻ってくる。

 

「……ふむ。今代の巡礼神官殿は、神々に愛されておるのだな」


「あ、やっぱりわかります?」


「この国では久しく感じ取れなかった神気を神官殿まとっておるからの。特にそのブローチは目立つぞ」


 あ、やっぱり?

 白を基調としている法衣なので、けっこう目立ちますよねー。ははは。


 毎度のことながら横にいるディーンさんは感じ取っているようだけど、アイリちゃんは首を傾げている。

 アイリちゃんは以前、泉で浄化したときは何かを感じていたみたいだけど、あれは神気とかじゃなかったからかな?


「では参ろうか」


 足もとにある朱色の敷物はスルスルと伸びていって、霧のようなものに包まれていた廊下の奥が徐々に晴れていく。

 そこには、朱色の鳥居がこれでもかというくらい並んでいる。


「こ、これは……すごいですね……」


「すごい!京都みたい!」


 アイリちゃんが言っているのは、かの有名な京都の伏見稲荷大社にある千本鳥居のことだろう。

 私も危うく「お稲荷さん!」と叫ぶところだった。ふぉぉ。


「この鳥居が奥にある神殿を守り、神域を封じる役割を担っておる」


「封じている? なぜですか?」


「この国にかけられた呪いは、神という存在を排除したからの」


 昨夜も読んでた経典に、呪いを解く方法は数多く記載されていた。

 でも、肝心なのは呪いを解くことではないって気づいたんだよね。


「神々の怒りで呪われたと言ってますけど、本当は違うんじゃないんですか?」


「ほう、なぜそう思う?」


 前を歩くショタ帝様は振り返り、どこか楽しげな笑みを浮かべている。

 うーん、これは想像の域を出ていないから、あまり言いたくないんだけど……。


「そもそも『呪い』というものは、対象があってこそ発動するものです。国を呪ったと言ってますけど、なぜか神殿が残っていてなおかつ神域を封じていると仰ってます」


「クリスさんは、呪われているのは国じゃないと思っているんですか?」


「うーん、国民に呪われた人はいなくて、王族だけっていうのが引っかかっていたんだ。そしてこの神殿は封じられているって聞いて、なんかおかしいと思ったんだよね」


 後ろにいるディーンさんを見ると、彼は首を振っている。


「悪意などは感じない。ましてや呪いを受けている俺が、この国で何も感じないのはおかしいな」


 そうなんですよ。

 つまり、この国も王族も……。


「呪いではないってことですね?」


「……やはり、気づかれてしまったか。まったく今代の巡礼神官殿は優秀すぎるのう」


 先ほどまでの張りつめた空気は霧散し、気の抜けたような表情になったショタ帝様は、大きなため息を吐く。


「やれやれ、ようやく真実を話す時がきたのじゃろうなぁ」


 長かった……と呟いた彼は、鳥居の奥にある神殿へと目を向けるのだった。


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男になれたので色々と満喫します!〜TS神官様(♀→♂)の異世界探訪記〜 もちだもちこ @mochidako

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