51、東ノ国へご招待


 小さな村とはいえ、地下牢の造りはしっかりとしていた。

 簡易トイレもあるし、ベッドも三人分ある。


 ちなみにトイレは自分たちが用意したものがあるので使っていない。個室がニュルッと出てくるタイプのアレだよ。アレ。

 詳しくは言わないけどアレだから安心ってことで、よろしく。


 ディーンさんが動かないということは、この流れは何か意味があるのだろうと私は動かなかったのだけど。


「……悪意や害意は無かったからな」


「それだけ? それだけで動かなかったんですか?」


「まぁまぁ、落ち着いてアイリちゃん」


「落ち着いていられませんよ! ここだとお風呂に入れないんですよ!」


 そうか。お風呂がないのはキツいよねぇっ……て、そういう問題???


 すると鉄格子の隙間から、するっと何かが入ってくるのが見える。いつのまに取り出したのか、ディーンさんが槍で「それ」を食い止めた。


「わっ! 急にどうしたんですか?」


「何か入ってきたみたいだけど……」


 石の床に刺さった(!)ディーンさんの槍に、何かが引っかかっている。

 なんだろう……紙に何か文字が書いてあるみたいだけど……。


「おい、さわるなよ」


「え?」


「東には紙に文字を描いた『フダ』というものを使う。何が起きるのかわからないから、さわるな」


 ディーンさんの言葉にうなずきながら、東の国について学んでいたことを思い出していた。

 私が今着ている法衣には複雑な刺繍が入っているけれど、実はこれを広げると魔法陣になっている。

 魔法陣とは特殊な文字や図形を組み合わせた模様で、奇跡の力や魔力を込めると発動するものだ。


「事前に読んた書物には、東の『フダ』について詳しく書かれていなかったから」


「ああ、確かにな。基本は門外不出のものだ」


「その門外不出が、ここにあるんですか?」


 アイラちゃんが不思議そうに首を傾げると、どこから持ってきたのか細長い棒で紙をツンツンとつつく。

 私には注意してきたのに、アイラちゃんのことは放置してるのなんでだろう。


「これは対象者が決まっている」


「ほう、やはりそう簡単にはいかぬか」


 鉄格子の向こう側にいるのは、桃色で真っ直ぐ長い髪を持つ少年だ。

 上着の前の合わせは「和」を感じるけれど、下はスカートのようになっている。

 外見だけだと美少女というかんじだけど、声が「老成した男性」だから間違いようがないのだ。


「悪意がないから従ったが『護り』である俺から引き離すとあれば話は別だ」


「わかっておるよ。だから我が自ら来たのであろう?」


「知らん」


 んー、この会話を聞いていると、このピンクちゃんは偉い人みたいだな。

 同じピンク仲間といえば、王都の旅で知り合ったミヒャエル坊っちゃまなんだけど……まさか親戚とかじゃないよね? まさかね?


「うちのミーたんがお世話になったと聞いておる。その礼をするためというのもあるぞ」


「知らん。誰だそれは」


「ミーたんとは、ミヒャエルきゅんのことであるぞ」


「知らん」


 ディーンさん、それはさすがに坊っちゃまがかわいそうだから……。

 そして本当に坊っちゃまの親戚筋だったんだね。


 ところで私は『巡礼神官』だから、この状況はどうみても規定違反になるわけで。

 ピンク少年に対して、ディーンさんは殺気を出すところまではいってないけれど、ひたすら塩対応なんだよね……。


「少々荒っぽいが、ここを経由したほうが安全に東(あずま)ノ国(くに)に入ることができるのう」


「ここって……牢屋から?」


「うむ。本当は神官殿だけ招こうと思うておったが」


 国の中心が秘密にしておくようなものじゃぞぉーと言いながら、ピンク少年は鉄格子に近づいてくる。

 そしてディーンさんの槍にくっついている紙を無造作に掴み取ると、それはあっという間に燃えて塵と化す。


「んん?」


「なんですかこれ」


「…………」


 部屋のすみから、黒いシミ?がジワジワと広がっていく。

 何これ。怖いんですけど。


「うわ、何これ、気持ち悪い」


 顔をしかめていると、ディーンさんがひょいっと抱っこしてくれた。


 ふぉ、抜群の安定感ですなぁ。

 いやいや、今の私は女子でも子供でもなく、成人男性(異世界視点で)なのですが!! 子ども抱っこはやめてもろて!!


 ちなみにアイリちゃんはディーンさんの肩の上にカサカサとよじ登っていた。小猿っぽくてかわいい。


「では、参ろうか」


 ピンク少年がつぶやいたと同時に、目の前にある黒いシミがブワッと広がった。







 黄金が敷き詰められた床に、クリスタルで作られているっぽいシャンデリアは光り輝いていて眩しすぎる。

 壁がすべて鏡になっているから、置いてある金色の家具やクリスタルやらが全部映っていて、とにかく目に優しくない状況だ。


「ここ、どこ?」


「……城だな」


「ここでは寛げないであろう? 移動しようかの」


 勝手知ったる様子のピンク少年。

 この流れからすると、ピンク少年はここで一番偉い人っぽいのではなかろうか。


 どこがドアだか分からない鏡の部屋だけど、少年が歩き出すとゆっくりと壁が開いていく。

 部屋の向こうに続く廊下には、薄衣をまとった女性たちが両側にずらりと並んでいる。少年が進むと流れるように頭を下げていくのは壮観だ。

 でも皆さん無表情だし、ちょっと怖いんですけど。


「神官殿、これは『礼』の職についている者たちぞ。ここは伝統を守るために多くの職があっての」


「伝統、ですか」


「無論、手をつけることもあるだろうが、今の我には不要なものぞ」


「……はぁ、さようで」


 ピンク少年は、まだお姉さんたちと何かするような年齢には見えない。不要といえば不要かもしれないけれど、いつか必要になるんじゃないの?


 んー、東ノ国はミステリアスっていうか、あまり情報が国から出てこないらしい。

 イアル町の神殿で学んだ世界史でも、東ノ国に関しては情報がほとんどない。


 そう。私が知っているのは……。


「神官殿は、我が国に興味はおありか?」


「もちろんです! 特に衣服など気になりますね!」


「……おい」


 なんですかディーンさん?

 私はただ東の文化が知りたいという、歴史を感じるものに関しての知的好奇心を抑え切れなかっただけでありましてね?


 トラディショナルなアンダーウエアについて!!

 ぜひとも激論を交わしたく!!(迫真)


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