50、熱帯夜には最適な環境
東の国には、海から船に乗ったほうが近いらしい。
港へ向かおうとするアイリちゃんを、そっと腕をとって引き留める。
「なんですか?」
「海じゃなくて、こっち」
宿泊施設から出た私たちは、そのまま建物の裏に広がる森へと入っていく。
昨日作った聖域が清浄な状態に保たれているのは、人が立ち入らない状況がそうさせているのかもしれない。
ディーンさんが前に言ってたけど、人は多かれ少なかれ悪しき念を持っているものだから。
不思議そうについてくるアイリちゃんを微笑ましく思いながら、人の気配がなくなったのを確認したディーンさんは、少し離れた場所で竜体に変化する。
「え? え?」
「ディーンさんは竜族なんだよ……って、言ってなかったっけ?」
「言ってないです! すごい! 綺麗!」
おお、アイリちゃんもドラゴンにファンタジーなロマンを感じるタイプかしら?
それなら大丈夫だろう。
「じゃあ、ディーンさんに乗ろうか」
「……え? 乗る?」
驚くアイリちゃんが気になるけど、目立つのを避けるためにさっさと移動したい。
町から森にかけて高くなっているところから、低い土地へ向けて飛べば目立たないはずなのだ。
もちろん、事前にディーンさんとは打ち合わせ済みだよ。
「ごめん。言い忘れていたかもー」
「かもっ……じゃなくっ……言ってないっ……ですぅっ……」
陽の光に当たってキラキラ輝く黒曜石のような鱗や、角度によって色が混じる不思議な金色の瞳をじっくり見る時間もなかったアイリちゃん。
今は凄まじいスピードを出している竜(のりもの)に、目を閉じた状態でしがみつくので精一杯みたいだ。
「高いところとか苦手だった?」
「苦手っ……というかっ……ベルトもなくてっ……怖いぃっ……」
「ディーンさんは落とさないから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないですぅーーー!!」
あ、怒った。
東の国に入る手前、国境にある町から少し離れた森に着地したディーンさん。
そして次の町をワクワクと見ている私と、横で生まれたての子鹿のようになっているアイリちゃん。
「……大丈夫なのか?」
「わわわたしのことは、おおお気になさらず」
「アイリちゃん!? めっちゃ体がグラグラしてるよ!?」
「だだ大丈夫です。さささぁ、いい行きましょう」
まったく大丈夫に見えないアイリちゃんを、渋々といった様子でディーンさんが背負う。
あれ、これ、どっかで見たことがあるような……?
「……行くぞ」
「あ、はい」
「……おい」
「はい! じゃなくて、うん!」
不機嫌オーラを出すディーンさんに気づいて慌てて言い直す。
泉で口調を崩す話をしてから、敬語や丁寧語を使うと目に見えて不機嫌になるんだよね……。
「すみません……ご迷惑をおかけしてますぅ……」
「……そうだな」
「ディーンさん!!」
『そうなの。ゆるしてあげてほしいの』
「わっ!?」
不意に足もとから聞こえてくる声に驚いた私のことを、ディーンさんが素早く支えてくれる。もちろんアイリちゃんを背負ったままだ。さすが竜族、体幹しゅごい。
『おどろかして、ごめんなのよ』
「びっくりした。子狼の神様だったんですね」
「わぁ、可愛いですね!」
はふはふと足もとで尻尾を振っている灰色の子犬……子狼のことを、アイリちゃんも視えているみたい。
察したディーンさんがアイリちゃんをゆっくりと地面におろすと、彼女にぽてぽてと近づいていく子狼。
『はふはふよー』
謎の呪文?を唱えると、ゆらゆら揺れていたアイリちゃんの身体はシャキッと元通りになった。
おお、なんですかそれは。
『もりのかみ、じきでんなのよ』
はふはふとしながらアイリちゃんに撫でられるがままの子狼。
すると、ふたつの気配が増える。
『この世界に馴染みすぎると、元の世界に戻るのが困難になる。竜に乗って酔ったのはそのせいもあるだろう』
『やぁ……ハル……ひさござ……』
「あ、山の神様と森の神様、お久しぶりです」
警戒モードを解いたディーンさんは、私の後ろで控えている。アイリちゃんが神様たちに驚いていないのは、前の世界でやっているゲームとかの影響かしら? あと子狼がうっとりとしているけど、うちの子になりたいのかい?
ところで、御二方(と子狼)は何の御用なのかしら。
『我らは暇だろうと雑用を押し付けられておる』
『……労働……つらござ……』
ローブを身にまとい、前髪を長くして目隠れ状態の男神たち。山は灰色、森は深緑色でまとまっているファッションは親近感すらおぼえるものだ。
服とかファッションを考えるのって面倒だよね。私も前の世界では雑誌のコーデを見て、同じようなデザインを買って着てたもん。
そして彼らの「のんびり百合を愛でる生活」を、他の神々から暇だと認識されていると。
てぇてぇ生活も忙しいとは思うけど、アイリちゃんの件もあってバタバタしているんだと思うから許してあげて。
『そこの迷い子は、この世界と馴染んでおらぬ。竜などの強い力で、急激な移動や無理はさせぬように』
『……今は……整っている……あぶござだった……』
え、アイリちゃんが揺れていたのは、危険な状態だったってこと?
「ごめんアイリちゃん。移動は馬車とかにしておこうね」
「いえいえ、竜に乗れるなんて貴重な体験させていただき感謝です!」
「安全ベルトないけどね」
「そこは改善を求めます!」
後ろにいるディーンさんが「俺が乗せた人間を落とすなんてヘマをすると思うのか」みたいな無言のオーラを出してくるけど、今は無視ですよ。無視。
「では、私たちは東の国に向かいますね。またお会いしましょう神様たち」
『きをつけてなのー』
『よき旅をな』
『おつござ』
御二方と一匹に見送られた私たちは、国境にある小さな村へ入る。
そこで。
「ディーンさん。私たち、何でこんなことになったんでしたっけ?」
「……分からん」
「あの、明らかにクリスさんを見て『捕らえろ!』って言われてましたよね?」
私たちの今夜の宿は、なぜか暗く冷たい牢獄となったのでした。
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