48、とうとつに静まる神様たち


 突然、男子のお風呂場に(意図せず)突撃してきた少女、アイリちゃん。


 彼女は教会預かりとなっていたため、宿の人に連絡をとってもらうことにする。とりあえず今日のところはここで泊まるということで了承をもらっておこう。

 こういう時に『巡礼神官』という立場は役に立つ。信用が服着て歩いているみたいなものだからね。


 そして別の世界から来たというアイリちゃんに、私の事情も話すかどうかというところは少し待った方がいいと思っている。


 別の世界が、私の元いた世界と同じかは分からない。

 彼女の言っているゲームについて、私に知識がない。


 あと、いつもならたくさん話してくれるだろう神様たちの声が聞こえない。


 ん? ちょっと待てよ?


「ディーンさん、この近くに湧水とかありますか?」


「湧水……ああ、宿の裏に小さいが泉があるぞ」


「ちょっと行ってきます」


「まて、俺も行く」


 立ち上がるディーンさんと私を、不安そうに見るアイリちゃん。

 うーん、しょうがない。


「アイリちゃんも、一緒に来る?」


「はい!」


「……っと、その前に」


 アイリちゃんの服装は、教会で支給されるシンプルなワンピースと靴。

 これから一緒にいるということは、旅に同行するってことだよね。


「私たちは旅をしているのだけど、アイリちゃんは服とか大丈夫なのかな?」


「あ、それは……」


 何か指を動かしたアイリちゃんの服装が、一瞬で切り替わる。

 それはこの世界にしては少し派手かもしれないけれど、なくはないようなデザインの服装だ。

 どこかで見たようなファンタジー衣装だな……。


「それはなんだ? 魔法か?」


「ゲームのシステム……別の世界で使っていたものです」


 くるくる変わるアイリちゃんの服を、ディーンさんが不思議そうに見ている。

 服の問題はないってことか。これなら色々と持ち物もありそう。


 何を持っているのかは聞かないでおこう。


「その服なら目立たないかな。教会の服は、ちょっとね」


「では、この服で行きます」


 そうそう。あの服だと「教会の子」っていう目で見られるから、ちょっと目立つかもしれないからね。

 察しのいい子で助かる。高校生って言ってたけど、精神年齢は高そうだなぁと思うよ……少なくとも私よりは。







 宿の裏にあるという泉まで近いと思っていたら、わりとガチで探索というテイになってしまった。

 私は大丈夫だどアイリちゃんは大丈夫かな? と振り返れば、彼女の服が迷彩柄になっていたでござる。


「アイリちゃん、その格好は……」


「あ、私こう見えて双剣使いというスキル……技能を持っていて、前衛で戦えるんですよ」


「あ、そう……」


 両手に短剣を持ち、笑顔でブンブン振っているアイリちゃん。可憐な美少女と思いきや、わりとガッツリ物理特化だったのね。

 前を歩いていたディーンさんが「ほほう、なかなかやりよる」みたいな目で見ているけれど、やめてあげてください。この子は(たぶん)平和な日本から来ているので。


 微妙な目で見ていた私に気づいたアイリちゃんが「大丈夫ですよ」と笑顔で言ってくれる。


「五感はありますけれど、痛覚だけは軽減されています。これはゲーム……前の世界での感覚と同じみたいです」


「それは良かった、のかな?」


 首を傾げる私に、ディーンさんが難しい顔をしている。


「痛覚がないというのは、それはそれで危険だ。戦うことはなるべく避けたほうがいいだろう」


「やっぱりそうですよね。アイリちゃん、わかった?」


「わかりました」


 少し残念そうだけど、この世界で戦ってもレベルが上がったりしないから、避けられるものは避けておこうね。

 でも、彼女が戦えるというのは良かった。ディーンさんの負担が減るからね。

 なんだかんだ言っても、いざとなったら私だけじゃなく彼女を守ってくれるのだろう。見かけによらず優しいディーンさんなのだ。


「そろそろ着くぞ」


「わぁ……」


 まばらにあった木々をすり抜けた先には、月明かりに照らされている泉があった。

 泉を囲うように置いてある石がキラキラと輝いているのも、この場所を神秘的にみせている。


「セーブポイント?」


「え?」


 呟くアイリちゃんのことばに、思わず反応してしまう。

 確か、ゲームの用語だよね?


「あ、私の世界で安全で野営ができるような場所を、そう呼んでいたんです」


「うん、確かにここは神気が強いね」


 ここならば、きっと水の女神様が反応してくれるだろう。


「俺は少し離れていよう」


「ありがとうございます、ディーンさん」


 私から数歩離れたディーンさんを見て、同じように離れてくれるアイリちゃん。詳しいことを聞かずに、色々と察してくれるのはありがたい。

 さっそく祈りの姿勢をとって、心の中で呼びかけてみる。


 水の女神様はどうしているのかな? お元気かしら?


『……元気にしているわよ?』


 おお、反応があった。お久しぶりですね。


『こっちで主神(しゅしん)がポカしたみたいで、変に世界が混じりあってしまったみたい』


 なるほど。

 その結果が今、ここにいる子だということですか。


『察しのいい子は、嫌いじゃないわよ?』


 いやいや察しがいいとかじゃなくて、誰もが気付けることだと思いますよ。

 それで、この子はどうするんです?


『世界が安定するまで、その子をよろしくね』


 よろしく……とは?


『ハルの事情をどこまで話すかは任せるわ。その子の体は、その子の魂と魔力で出来ているものだから、出来れば傷つけないようにしてほしいの』


 アイリちゃんは、元の世界に戻れるということですか?


『……ごめんなさい。ハルは戻れないのに』


 なるほど。神様たちが静かだった理由が分かった。

 イレギュラーな事態でこの世界に落っこちたアイリちゃんは、私と違って元の世界に帰ることができる。

 でも、同じように落ちてきた私は帰れない……と。


 別に、いいのに。


 わかってますよ。アイリちゃんは「ゲームの世界から落ちてきた」のだから、現実の体は向こうに残っているということでしょ?

 なら、不安定な術でも「帰る場所にいくよう指定するだけ」で済む話だ。


 あ、そうだ。


 アイリちゃんは、私と同じ世界から来たってことでOK?


『ほぼ同じ……と言いたいところだけど、数年の誤差があるわ。その子の世界はハルの世界よりも進んでいる』


 なるほど。

 やはりアイリちゃんのいた世界と、私がいた世界は違うのか。


 知りたいことはあるけれど、知ったところで今さら何ができるわけじゃない。

 もう、帰れない世界のことなのだから。


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