47、不思議な少女との出会い



 ディーンさんに呆れられながらも、軽く入ろうと露天風呂に向かう。

 お湯は透明だけど、肌に馴染む感じがいい。海の近くだから、少し塩分が入っているのかも。


「おお、肌がつやつやぷるぷるになっている……気がする」


 この身体は前と違ってハイスペックだから、そこまでメンテナンスしなくても一定の水準をキープ出来る。

 世界の女性たちから嫉妬されるような美肌を持っているの、ちょっと笑える。


「ふむふむ、筋肉もまぁまぁついてきたかも。私が祈ったからだと思うけど」


 私は水の女神様の趣味よりも、やや肉がついている細マッチョが好きなのだ。

 これは難しいのだけど、人は誰もが自分の理想とする筋肉を持っている。それを体現できたのは異世界なればこそ、だろうけど。


「太ももからお尻も、あと少しあるといいかなぁ」


 ナルシストと言うなかれ。

 私はただ、せっかく男の身体になれたのだから、目一杯楽しみたい(意味深)だけなのだ。

 それにしても……。


「ムダ毛がないのは、ちょっと、恥ずかしいような気がするなぁ……」


 他の人のは知らないけど、私の身体について言えば頭髪以外の部分がツルツルなのだ。

 できれば他の人のを見たいけれど、さすがにディーンさんに「見ーせて♪」なんて言えない。


 少しぬるめのお湯が気持ちいい。

 心持ち長めに浸かっている私は、ふと視線を感じて周囲を見回す。


「ディーンさんが見張っているのに……視線?」


 露天風呂とはいえ建物の中。それもテラスだから高い場所にあるはずなんだけど。

 ここかな? と思う場所に、ピシッとお湯を飛ばしてみる。


「うわっ!?」


 垣根から転がり出てきたのは、黒髪の女の子だ。

 その瞬間、彼女の首に光るものが当てられる。


「悪い。無事か?」


「大丈夫だから、離してあげてください」


「……わかった」


 ディーンさんも分かっていたのだろう。彼女からは悪意が感じられない。

 それどころか、人が持つ「気配」自体を発していない。


「教会にいた子……」


 そういって近くに行こうと立ち上がると、目の前に壁が現れる。

 壁じゃなかった。ディーンさんの背中だった。


「服を着ろ」


「あ、ごめんなさい」


 後ろ手で渡されたタオルで体を拭いて、素早く服を着る。

 危うく、女の子の前に裸で立ち塞がる変質者になるところだった。


「……大変ですね」


「……慣れてきた」


 黒髪同士が何か言い合っているけれど、とりあえず服を着たので私も混ぜてください。







 ディーンさんの淹れてくれたお茶を飲みながら、目の前にいる少女の話を聞くことにする。

 部屋にあげるのはどうかなと思ったけれど、これはディーンさんが提案してきたことだ。


「すみません、この建物に入れなかったので、外から入ろうとしちゃて……」


 覗くつもりじゃなかったと言う彼女の頬は、少しだけ赤い。

 ふむ、ますます不思議な子だ。


 この世界に来てから、私の容姿は男女問わず魅力的に映るらしい。

 別の種族ならともかく、人族からは「かるく頬を染める」程度ではすまない視線ばかり受けてきた。

 この子くらいの歳ならば、異性への興味はあるはずだ。もしくは特殊な性癖の持ち主か……。


「違いますよ?」


「え? まさか心を読んだ?」


「読めませんが、妙なことを考えているように感じました」


 ふむ。察しのいい子は嫌いじゃないよ。


「それで、貴女がここに来た理由は?」


「……うまく言えないのですが、聞いてもらえますか?」


「どうぞ」


「私は、その、この世界の人間じゃないんです」


「……え?」


 思わず身を乗り出した私だけど、よくよく彼女を見れば「違う」と分かる。

 

 私と、同じじゃない。

 神様たちが静かってことは、この子から話を聞くべきなのだろう。


「私は別の世界で、高校生……学校に通ってました。実際は十七歳で、この姿よりも大きい身体でした。ある日、ゲーム……仮想空間で遊んでいたら変な穴に落ちて、この町にいたのです。なぜか分からないんですけど、さっき貴女を見た時どうしても声をかけたくなって……」


「なるほど」


「……今の説明で分かったのか?」


 驚いたように私を見るディーンさんと、同じように目を丸くする少女。

 確かに彼女の説明は分かりづらいかもしれない。

 ただしそれは、この世界の人に対してなら、ということだ。


「この子は本来の姿ではない体で、違う世界から来たってことでしょう? 難しく考える必要はないと思う」


「あの、嘘だとか、思わないんですか?」


「ここで嘘をついて、貴女に何の得があるというの? 私は『巡礼神官』と呼ばれるもので、多くの神々から加護を受けている。だから……」


 涙目になっている少女を見て、私は微笑む。


「安心してほしい。貴女は私たちが保護するから」


「……おい」


「ね? ディーンさん」


 微笑みを浮かべたまま、ディーンさんに軽く圧をかければ、彼はヤレヤレと肩をすくめてみせた。


「ちゃんと責任持って世話をするんだぞ」


「ディーンさんって、犬を飼いたいと駄々をこねる子を諭すお父さんみたいですね」


「……やめろ」


 私たちのやり取りを見ていた少女は、たまらず吹き出す。そうだ、それでいい。


「私はクリスで、そっちの大きい黒髪はディーンさん。貴女の名前は?」


「私はアイリ、です」


 そう言った少女は、ようやく柔らかな表情を見せてくれた。

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