とある女神は昼寝から目覚める


 やぁ、異世界転生を今か今かと待っている皆さん。

 はじめまして、私は『牛の女神』。

 肉を愛し、肉に愛された女。

 気軽に『うしたん』と呼んでくれていいよ。


 私がこの世界の女神になった理由は、とある世界の主神(しゅしん)が不在の間の補充要員としてだった。

 現場(せかい)は大混乱となり、神や女神が足りないと大騒ぎになっていた。

 そんな界隈を尻目に、いつもと変わらずのんびりと雲の上で昼寝をする仕事をしていた私は、とうとう見つかってしまう。


「そこの女神候補ー!! いるのはわかっているー!! 出てこーい!!」


「眠いから、やー」


「父なる神が泣いておられるぞー!! 出てこーい!!


「嘘つけー。どうせ節操なく子作りしてるだけでしょー」


 天使たちは融通がきかない。父なる神からそのように「創られている」からだ。

 私たちのような「神用素体」を持つ者もそれなりに制約は多いけれど、天使と違って持っている能力は多い。

 だからといって神がいいかといえば、そうでもない。正直、神とかめんどい。だって神、やることがいっぱいあるし。お昼寝とか。


「まだMM025世界が神手不足(ひとでぶそく)なんだー!!」


「え? MM025?」


「そうだー!!」


 天界警備担当の天使の言葉に、私は少しだけ考え、そしてすぐに答えを出す。

 神は、迷わない。

 そういうものなのだ。







 こうして『異世界の神(かみ)不足』増員のため、正式に異動を命じられた私は、受付の天使を前に(眠い目をこすりながら)手続きをすることにした。

 真っ白な建物で、椅子も机も全部真っ白。

 うーん、つまらんのう。もっと色付けようよ。ピンクとかさ。


 受付前にある掲示板には、募集されている役割が貼られている……はずなんだけど。


「もう、受け付けしてないの? 帰っていい?」


「ダメです。残り少ないので、こちらからご提案する形になっております」


「そっかー。オススメとかあるー? あまり動かない系のやつー」


 アクビを噛み殺しながら質問すると、目の前にいる真面目そうな受付の天使(メガネ女子)が呆れた目を私に向ける

 それでも何も言わず、いくつか書類を並べてくれた。


「今、空きがあるのは『パンの女神』か『牛の女神』ですね」


「じゃ、牛でー」


「他にも『ワカメの……」


「牛でー」


 ギリギリまで昼寝していたため、ようやく重い腰をあげた時には有名どころの神の枠はほとんどう売り切れ状態。

 戰の神や美の女神など、いかにも神様っぽい役割は最初に取られてしまう。


 でも、それでいい。それがいい。


 あまり有名どころだと忙しそうだし、マイナーなくらいがちょうどいい。それでもワカメは、なんかイヤだから却下。

『パンの女神』も心惹かれたけれど、やはり私は牛がいい。

 肉が好きだし。焼き肉とか、いいよね。


「一度受けたらキャンセルできませんよ」


「知ってるー」


「他にも『サルノコシカケの……」


「牛でー」


 いやいや『サルノコシカケの女神』て何なの?

 神の名をもらえるくらい、サルノコシカケって神格化できる生き物なの?

 ていうか、ぶっちゃけサルノコシカケって何なのよ。え? キノコ? マジで? なんでそんな名前にしちゃってんのよ……。


「……では新規登録『牛の女神』を受理しました。かの御方のために、世界の調整をよろしくお願いいたします」


「りょーかい」


 神や女神は、自分の担当するものについての加護や祝福の条件を、ある程度自由に決めることができる。

 つまり『牛の女神』となった私は、牛に関することならば好きなように決められるのだ。牛乳、牛肉、牛骨、色々決められるぞ。


「……ねぇねぇ、受付の天使さん」


「はい、なんでしょう」


「豚と鶏の女神はいるの?」


「いえ、この世界の神は豚と鶏に神は宿りません」


「なるほどねー」


 それなら私の牛肉から『肉全般への干渉』ができるかも。

 世界中にいる自分好みのショタやイケメンたちに、美味しいお肉を提供できる女神なんて、なかなかいいんじゃない?

 それに……。


「主神(しゅしん)の不在で、他の世界でも混乱が見られます。どうかお気をつけて」


「ありがとー」


 私、あの世界の主神を気に入っていたんだよね。

 ゴロゴロしていると、いつも「お仕事おつかれー」なんて声かけてくれてさ。

 いや、けっこう疲れるんだよ? ゴロゴロするのも。

 それを分かってくれる主神(ひと)って、なかなかいないからね。貴重な存在ってやつですよ。


 それじゃいっちょ、ひと肌ぬいでやるかー。


「ああ、すみません! こちらが衣装です!」


「……衣装?」


 下界に飛び込もうとした私を慌てて呼び止める受付の天使。

 彼女から手渡されたものは、牛柄の着ぐるみパジャマだった。


 おい、主神、お前ェ……。

 ひと肌ぬぐっつったけど、着るとは言ってないぞ!? おおん!?


 ん? あれ?




 これ……着心地いいわぁ……。


 

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