44、肉もあるし準備万端!さぁ出発だ!


 迷う私を見て、ディーンさんが小さくため息を吐く。


「噂を払拭したいというのと、貴族の後ろ盾を匂わしたいだけなら受けてもいいと思う」


「そう、なんですか?」


「魔力が高くなくとも神気を感じ取れる者もいるかもしれない。神殿関係者ならばいいが『わきまえない貴族』がいたら厄介だ」


「そうですね……。閣下、よろしくお願いします」


「ああ、任せておけ。私のことはアルベルトと呼んでくれていい」


「はい。アルベルト様」


 大人っぽく見えるけれど、たぶん私より年下だろうアルベルトさん。不思議なことにテオ先輩と同じ雰囲気を感じる。

 包容力? いや、服の上からでも分かるほど、鍛えられているであろう筋肉を感じるからか?


「では、セバスが迎えに来たから失礼する」


「え?」


 立ち上がり、スタスタと歩いていったアルベルトさんがドアを開けると、そこにはセバスさんがゆったりとお辞儀をしていた。

 もしかしたら……。


「最初からいたぞ」


「ディーンさん、気づいていたの?」


「当たり前だ」


 えー、なんで言ってくれないの? という目で見たら、言う必要はないだろうみたいな目で返されてしまった。とうとうディーンさんと目で会話できるようになってしまった。


「では、また。旅の無事を祈っている」


「はい。アルベルト様も……お気をつけて」


 ご両親について触れてしまいそうになったけど、そこは何とか飲みこんで返すと、美しい人はわずかに口元を緩ませると部屋を出て行った。同時に、部屋の中の空気が軽くなった感じがする。

 はぁ……、美人すぎる人って、そこにいるだけで空気が変わるんだなぁ……。


「アレは特別だろう。俺もアレとは戦いたくない」


「やっぱりアルベルト様は強いんですか?」


 水の女神様の話を聞いたところによると、アルベルト様のことは神様が興味津々で見ている感もあるし、何かしらすごい能力がありそうだなと思う。(願望)


「力だけなら勝てるとは思うが、アレとは頭を使って戦う必要がある。面倒だ」


「面倒って……」


「フェルザー家は代々文官の家系だからな。頭のいい奴らが多い」


「え!? 文官!?」


 あれほどの筋肉が服の下に隠されているのに!? 文官!?

 貴族って……わからない……。







 それから数日後、私は新たなる『巡礼神官』として巡礼の旅へと出発することとなる。


「では、行ってまいります……エリーアス神官長」


「ああ、行っておいで」


 笑顔のイケオジを、なんとなく冷めた目で見てしまう。

 なんでこの人は中央神殿(ここ)にいるのだろうか。


「ここはイアル町とは違って、色々と賑わっているからねぇ」


「言いつけますよ」


「も、もちろん捧げ物を買ったり、神官の仕事もしているよ?」


 まぁいいでしょう。水の女神様もまんざらでもなさそうですし?


『それはいいから! さっさと出発しなさいよ!』


 はーい。


 移動は竜のディーンさんではなく、しばらくは馬車の旅になりそうだ。

 なぜなら「巡礼」する私を近隣の町の人たちが「待っている」からである。

 マジかー。


 次の町まで神殿が手配してくれた馬車に乗ることになっている。門の前にはたくさんの人が集まっていて、神官さんたちが交通整理をしてくれていた。ご迷惑おかけしております。

 馬車の中に入ると、準備していた荷物のほかにも荷物袋がいくつか置いてあるんだけど……これ何だろう?


『肉は、任せとけ』


 袋の上にいるのは、牛柄の着ぐるみパジャマ姿で横になっている、手のひらサイズの『牛の女神様』だった。わぁーい! うしたんだー! これでうまい肉が食えるぞー!


「これはすごい量だな」


「ディーンさんは肉好きだから、たくさんあると助かりますね」


 そう言いながら法衣に荷物を入れていく。

 一見動きづらそうな巡礼神官の法衣は、細かな刺繍で収納の魔法陣が組まれている。いつも着ている法衣や神官服もそうだけど、この世界でどれだけ神官が尊ばれているのかが分かってしまうね。一般的に魔法陣を刻むのって、すごく大変なことみたいだし……。

 だからこそ、神様たちは私に神官職を勧めたのだろうけど。


「じゃあ、俺は御者をやる。大人しく座っていろ」


「はーい。ディーンさんよろしくお願いしまーす」


 馬車が走り出すと、窓から見えるのはゆったりと流れる風景。

 そして、袋の中から干し肉を取り出して食べている牛の女神様。


 なるほど、私たちの分じゃなかったのね。さすがうしたん……さすうし……。


「おい、客がいるぞ」


「え?」


 気づいたら馬車は止まっていて、御者席の後ろにある小さな窓からディーンさんが声をかけてきた。

 客がいるという言葉に外を見れば、フワフワとしたピンクブロンドの髪が見える。


「坊っちゃま!」


「ミーヒャーエールーッ!!」


 いかにも「貴族のお坊っちゃま」といった感じの、フリルがたくさんついた服を着ている坊っちゃまに、笑顔の爺やさんが手を振ってくれている。


「今日が出発でしょ? 見送りにきたよ!」


「道中お気をつけて」


「ありがとう坊っちゃま! 爺やさん!」


「ミーヒャーエールーッ!!」


 この世界で、ひとりぼっちになったような気分だったけど、気づかないうちに知り合いが増えていたことに驚く。

 そういうのも悪くはない。

 この世界で、私は自由に生きていくのだ。


『そうよ! だって、ハルは……ハルは、ハルだもの!』


 水の女神様、言葉が出ない時は無理しなくていいのですよ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る