43、安心をお金で買えるとしたら買う
目の前に立つ同じ色を持つ美青年を見て、まるで鏡を見ているかのよう……じゃなかった。全然違う。
私は日本人と平たい顔にちょっと色を付けたくらいの塩梅だ。神秘的なイケメンと評価されたりするけれど、そこは西洋イケメンの中にいるから毛色が珍しいってだけだろう。
対して、美青年の美青年っぷりは凄まじいものがある。(あえての重複)
西洋的に整っているとはいえ、彫りの深さが絶妙のラインだ。これが黄金比ってやつなのか分からないけれど、とにかく美しすぎる美しさだ。
一体どんな遺伝子を掛け合わせて出来上がったものなのか。親は神様なのか。
『近いわね』
え、水の女神様の息子さんですか?
『ち、違うわよっ! 神ではないけれど、この世界の根底に深く関わっている人間の血をひいているの』
ほうほう、なるほど。
ちょっと待って、それってやばくないですか? 私と会ってしまってもいいの?
『大丈夫よ。その人今は解放されているから』
それならいいけど……いや、良くないよ。
だってイアルの神殿で、この世界の常識を勉強した時、親の髪と目の色を子供が受け継ぐって話を聞いたもの。
もしかしたら……。
「もしやと思ったが……やはり神官殿は私と同じ色を持っているのだな」
美しい人が美しい声で話し出す。
おお、すごい美声ですな。ここが森だったら動物とか寄ってくる(イメージ)的な何かを感じるよ。子狼の神様とかお腹見せちゃうんじゃない?
おっと見惚れている場合じゃない。挨拶しないと。
「はじめまして閣下、私のことはクリスとお呼びください」
「私はフェルザー家の現当主、アルベルト・フェルザーだ。以前はセバスが世話になった」
おおセバスさん!
そうだった。この世界に来てから最初の日に忘れ物を届けたんだよね……何もかもが懐かしい……。
ディーンさんは無言のままだ。緊張した感じじゃないから彼は敵じゃない……と思いたい。お貴族様は怖いのだ。
「あれ? セバスさんは……」
ちょっと待って、セバスさんどころじゃない。この人、貴族の家で当主やってるくせに付き人が誰もいないってどういうこと?
「私ひとりで来た。少々込み入った話をしたい」
「わ、わかりました」
込み入った話とかやめてくださいって言いたかったけど、美しすぎる顔を近づけられると逆らえない。
これがお貴族様の威圧というものか。
「……すまない。私の顔は表情がないから怖いと、母からも言われている」
「いえ、大丈夫ですよ」
うちのディーンさんも無表情がデフォですからね。
アルベルトさんを応接室に案内すると、温かいお茶を用意してきたディーンさんに驚いていた。うん、ルッツ君仕込みだから美味しい紅茶が飲めますよ。
「他に人を付けないのか?」
「やろうと思えば自分で出来ますし、護衛のディーンさんも色々と出来ますから。それに……私は身軽でいたいので」
「なるほど」
たまに忘れそうになるけど私の中身は女だし神様たちとも仲良しだ。一部とはいえ、お互い秘密を打ち明けあったディーンさんはともかく、私の事を知る人間は極力少なくしたい。
「それで、お話しとは?」
「クリス殿に家族は?」
一瞬、思い浮かぶのは遠い場所で笑っている両親たちだった。
でも大丈夫。いつからかは分からないけれど、私はこの世界で生きることを受け入れているから。
心配している様子のディーンさんに向けて、大丈夫だとうなずいてみせる。
そして姿勢を正した私は、アルベルトさん真っ直ぐに見て言う。
「家族は、いません」
「……すまない。立ち入った事を聞くのはどうかと思ったのだが、こちらからの提案をするにあたって必要な情報だった」
「提案ですか?」
「我が領地から『クリス殿がフェルザー家の縁戚だ』という情報を広めたい」
話の流れが分からない私は思わずディーンさんを見ると、彼の眉間のシワがすごいことになっていた。
え? これって良くないことなの?
少し離れたところに控えていたはずのディーンさんが、スッと私の近くに現れて口を開く。
「広めてどうする?」
「広めて、それだけだ。クリス殿にフェルザー家が関わることはない」
「なぜ、それをする?」
「むしろ受けない選択をする方がおかしいと思うが? フェルザー家は代々王家との繋がりも深く、長きに渡って続く名家でもある」
優雅にひと口お茶を飲んだアルベルトさんは、美しく整った顔で微笑んでみせた。
「それに、こちらにとっても悪い話ではない。稀なる『巡礼神官』がフェルザー家の縁戚であるならば、他の貴族への牽制になる」
心なしか室温が下がったような気がする。それにディーンさんとアルベルトさんの間に、火花みたいなのがバチバチ飛び交っている幻影が見えるような気が……。
「お前はどうしたい?」
「どうするクリス殿?」
「ふぇっ!?」
恐ろしいくらいに整った二つの顔が、ぐるりと振り向いて私を見た。
怖い! 怖いよ!
「あの……後ろ盾をいただけるようなので、それはありがたいのですが……なぜわざわざ広めるのでしょうか? 公言ではなく『噂を広める』という提案なのが気になるなぁ……なんて、はは、ははは……」
「それか。少々言いづらいのだが……」
そう言ったアルベルトさんは、さっきまでの勢いはどこへやら。目線を落としてため息を吐くと、わずかに頬を染めて続ける。
「イアル町に滞在しているクリス殿を、町の者たちが『侯爵家の落とし胤(だね)』などと噂をしていた。それが母の耳に入ってしまってな……」
「Oh……」
その先は言わなくても分かってしまう。
お貴族様の夫婦といえば冷たい関係をイメージしがちだけど、アルベルトさんを見ているとそうじゃないって分かる。この類いの勘は外れたことないのだ。むふふん。
「あの父のことだから有り得ない話なのは分かっているが、母の激怒はそれとこれとは別というか、私にもうまく言えないのだが……」
「大丈夫です。私もうまく言えませんが分かります。ご両親はとても……仲がよろしいのですね」
室内に残念な空気がただよう中、アルベルトさんは無表情だけど恥ずかしそうな(ややこしい)顔で咳払いをする。
「んんっ、ともかく、提案を受けていただけるとありがたい。イアルのエリーアス神官長にも伝えてある」
「そうだったんですね。ならそれを最初に言ってくれれば良かったのに」
「こちらの事情でクリス殿にお願いをするのだ。まずは誠意を見せるのが筋だろう」
ディーンさんが「さもありなん」ってうなずいているけれど、そんな態度してたらダメだよ? 竜族だから人間社会における貴族のしがらみとか関係ないと思うけど、私と一緒に行動するのだからそうは言ってられない。
今度から気をつけるようキツく注意しておかないとね!!
それにしてもアルベルトさんって、貴族として大丈夫なのかしら。余計なお世話かもだけど。
「この場で取り繕うのは無意味だ。神殿内のどこよりも神気に満ちている」
「え!? 神気とか分かるんですか!?」
「私は高い魔力を持ち、魔力を視ることができる。安心しろ、私ほどの魔力を持つ者は両親と兄弟、それと宮廷魔法使いくらいだろう」
「はぁ、そうですか……」
お気遣いには感謝いたしますが、まったく安心できないです!!
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