42、落とし物を届けただけなのに


 多くの来賓が中央神殿に集まっている……などとディーンさんから情報を得たけれど、まったく実感はない。

 大神官様(ミノムシ)を連れ戻すという試験に合格?した翌日の早朝から、私の周辺はバタバタしている。

 そして私は……。


「暇ですね……」


「いや、やることはたくさんあるだろう?」


 そう、やることはたくさんあるのだ。

 たとえば『巡礼神官認定の儀』の流れを覚えるとか、心得などを勉強しておくとか。


「あったんですけどね……」


「どういうことだ?」


 綺麗な作法でケーキを切り分けてくれたディーンさんは、温かい紅茶を一緒に出してくれる。

 紅茶の香りに癒されながらも、私は小さくため息をついた。


「学ぶべきことは、すでにエリーアス神官長の座学で習得済みでして」


「……早すぎないか?」


「遅いくらいだと言われてましたよ」


 おもに神様たちからだけど。


 イアル町の神殿の座学をエリーアス神官長がマンツーマンでやっていた理由はこれだ。

 他の神官たちが学ぶ事の他に、巡礼神官になるための特殊な勉強もしていたのだ。


 鬼と化したエリーアス神官長から、儀式での一挙手一投足の動きを事細かく指摘されたり何十回も反復練習させられた。身体能力の高い体をもってしても、上手くできるようになるまでが辛かった思い出。

 ちなみに、地獄にも等しいと噂されていたテオ先輩との組手よりもハードだったのは内緒だよ。ははは。


「来賓には貴族も多い。大丈夫だと思うが、変なやつらに絡まれないようにな」


「ディーンさんがいれば安心です」


「……だといいが」







 青い空の下に、広がる緑の庭園。

 所々に百合と薔薇の花ひらく中で、新たなる『巡礼神官』が誕生することとなる。


 重ねられた法衣の重さに、なんとか負けないくらいの筋肉量があって助かった。

 さらに錫杖につけられた大きな鈴と、細い鎖に付けられた香炉が両腕に負荷をかけてくる。これらは宝具になるから、本番まで持って練習できなかったんだよね……地味に重いなぁ、これ。


 一歩進むごとに、鈴を鳴らし香炉を自分の周りに円を描くように回していく。

 周りの神官たちが『祈り』を唱える真ん中で儀式を執り行う中、流れるのはキリリとした神聖なる空気。

 それはまるで、来賓の人たちの視線から守ってくれているようで。(希望)


  世界を巡り、世界は廻る

  神々の願いを受け

  人々の安寧のため

  かの神の祈りとともに

  世界を巡り、世界は廻る


 今代の大神官の低い声(バリトン)と私の声(テノール)が、綺麗に混じり合って気分良く唱えるのは巡礼神官になるための宣言だ。

 前の世界でいう祝詞みたいにお腹からしっかりと声を出さないとダメなんだけど、ここら辺もエリーアス神官長からみっちり仕込まれていたから習得済み。予習できてて安心できるのはいいけど、本当に準備万端だったなぁと苦笑してしまう。

 大神官は高い位置で唱えるだけだからいいけど、私は動きながらやる必要があって正直しんどい。錫杖を持つ手が震えて、うっかりシャリシャリ鳴らしそうだったのはギリギリ耐えたよ。誰か褒めて。


 神々に捧げる宣言をすれば『巡礼神官認定の儀』が終わる。

 そう、最後の試験である大神官(ミノムシ)がいなければ、認定の儀も行うことができなかったということになるわけで。


 ところで宣言内容にある「かの神」って誰だろう?


「この宣言をもって、今代の『巡礼神官』の誕生を認定する!」


 中央神殿に来てから、ずっと私たちを案内してくれた神官さんがよく響く声で儀式の進行をしてくれている。

 でも最後のは大神官が言うところだったんじゃ……。


『山と森の神が加護を与えるくらいの逸材だもの。さっきの宣言をやっただけでも万々歳よ?』


 あ、水の神様だ。お久しぶりな感じがする。


『儀式を皆が見たがっていたけど、代表して私が見て水で映像を流すことになったの。全員が集まったら大変なことになるでしょうし』


 なるほど。だから最近、神様の声がぜんぜん聞こえなかったんですね。


『おめでとう、ハル。巡礼神官としてこの世界を満喫してね』


 はい、女神様。


 そんなやり取りをしていると、先ほどまで張り詰めていた空気が緩むのを感じる。

 儀式が終わった後には、巡礼神官の護衛……『護り』の認定に入る。

 中央にいる私の後ろに立ったディーンさん。姿は見えないけれど、そこかしこから黄色い声が出ているね。さすが美丈夫な竜族。


「いや、お前の時もすごかったぞ?」


 あれ? 私、声に出ていた?


「お前の考えていることは大体分かる」


 おお、さすが竜族。感覚が鋭いね。

 さらにディーンさんの声は風で届けているから、他の人には聞こえていないという周到な気配りがされている。

 私の法衣は白と紫を基調としていて、いたるところに銀糸で刺繍がされている。ディーンさんは黒を基調とした騎士服っぽい作りで金糸で刺繍がされている。

 公式の場だと『巡礼神官』と『護り』は対になるような服装が決まりだ。


 無事、認定されたディーンさんは周囲に一礼する。

 私も笑顔で手を振ると、来賓席の一部から歓声が上がった。何事?


「ピンクの坊っちゃまがいる」


 え、見に来てくれたの? ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。

 どこだろうと見ていたら強い視線を感じる。

 こっそりディーンさんを見たけど、警戒していないから大丈夫かな? でも貴族っぽい人たちの中から感じるんだよね。


「悪いものじゃないが、貴族が動いているようだ」


 うう、変な人じゃないといいけど。



 

 儀式のすべてが終わり、宝具を返すため控え室へと戻った私たちは、案内の神官さんから言付けを受ける。

 どうやら先程の予感が的中したようだ。


「私たちに会いたい、ですか?」


「はい。クリス神官がいたイアル町を治める、領主様の弟君です」


 あ、もしかして前に落とし物を届けた件とか?

 思い当たるフシはあるけど、あれはもう解決済みのやつでは……。


「あそこの領主は大丈夫だ。ただ、領主の弟が何を言ってくるかは分からないな」


「ディーンさん、知ってるの?」


「高ランクだと貴族からの依頼を受けることもある」


「なるほど……。じゃあ、会ってみます」


「かしこまりました」


 どうやら、その貴族は控え室に来てくれるらしい。普通はこっちから向かわないとだと思うんだけど。


「いい人、なのかな?」


「そうだな」


 しばらくして気配を感じたのか、ディーンさんがドアを開けて出迎えたその人は……。


「銀色の髪……?」


 部屋に入ってきたのは銀色の髪にアメジストのような紫色の瞳をした、輝かんばかりの美貌を持つ青年だった。

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