神官マニアの貴族ミヒャエルは決意する
僕の名はミヒャエル。
本当は家名など先祖代々の名前などが続くのだけど、今の僕はただのミヒャエルだからそこのところよろしく頼むよ。
「坊っちゃま、旦那様から早く帰るよう手紙が届いておりますが……」
「じい、それは無理だよ! 近々、中央神殿で数十年ぶりに『巡礼神官認定の儀』があるのだから、この奇跡を見逃すわけにはいかないよ!」
「さようでございますか。では、旦那様には儀式が終わり次第戻ると……」
「気が向いたらね!」
「では、そのように」
じいが手紙の返事をしたためている間に、僕はすぐさま魔法を展開していく。
いつもならば「天より遣わされし……」みたいな文言を使うのだけど、この魔法はコッソリと発動させたいからね。
それに「天」とか使うと天罰がくるから目立っちゃうし。
「ふぅん、普段よりも『奇跡』の行使が多いね! しかも大規模だ!」
「坊っちゃま、魔法で『奇跡』を感知するのは程々になさってくださいまし」
「分かっているよ。他の魔法使いたちに知られたら厄介だからね! あと、僕が個人的に楽しむだけだから神殿関係者に見逃されているっていうのも、ちゃーんと分かっているよ!」
「さすがです。坊っちゃま」
「ふふーん♪」
じいに褒められて鼻高々になっている僕は、ふと気づく。
「坊っちゃま、どうなされました?」
「もしかしたらっていうか、ほぼほぼ確定だと思うけど……今代の『巡礼神官』って、ここに一緒に来たクリス神官のことじゃないかなってね!」
「確かに、じいもあの御方から特別な何かを感じました」
「だよね!」
クリス神官は、僕ほどじゃないけれど整った顔をしているし、僕ほどじゃないけれど華奢なほうだし、きっと歴史に名を残す『巡礼神官』になるだろう。
何よりも……。
「彼はとても神々に注目されているからね!」
「さようでございますか」
神々たちが使う言葉に『オタク』というものがある。
古い文献には、ひとつのことに熱を入れたり、強いこだわりをもつ人種のことを示す言葉らしい。
その言葉に感銘を受けた僕は、同じ趣味を持つ仲間たちと『神官オタクの集い』という同好会を設立している。そこでは自分の『推し神官』や『推し神殿』について語ったり情報を共有する場ではあるのだけど……。
「仲間たちにはクリス神官のことを隠そうと思っていたのだよ! でも、さすがに認定の儀でバレちゃうだろうね!」
「そうですね。さらに巡礼で各地を旅しますし、情報は広がると思われます」
「むぅ……」
唸りながらも、悩んでいるわけじゃない。もう心の中に答えは出ている。
それでも口に出すのはどうかなと思っていると、いつの間に用意したのか、そっとお茶とお菓子を出してくれるじい。
「坊っちゃまが悩まれることはございません。坊っちゃまがなさりたいことを、なすべきでございますよ」
「じい……そうだな! 僕はいつもそうしてきた!」
「できれば事前に何をなさるかお教えくださいませ」
「もちろんだよ! 僕がやろうとしていることは、クリス神官たちの旅の手伝いだ!」
「お手伝い、で、ございますか?」
じいが不思議そうに僕を見る。
そうだね。確かに以前の僕なら「旅についていく!」くらいのことは言っていたかもしれない。
だがしかし、クリス神官は『巡礼神官』となり『護衛』もついている。そこに僕が入り込むことは、神々の意思に背くことになると思うのだよ。
「もしかしたら旅の途中であるクリス神官に会うこともあるかもしれない。でも、そこを僕は目的としない」
「と、申しますと?」
「神殿関係者であっても、有名になると面倒な奴らが現れるだろう! そういう輩を相手できるのは、きっと僕くらいじゃないかな!」
「さすが坊っちゃまでございます。きっとあの御方の助けになることでございましょう」
「だよね! ふふーん♪」
鼻高々になる僕、ふたたび。
すると突然部屋の中が明るくなって、素早い動きのじいが僕に覆い被さってきた。
「ご無事ですか?」
「大丈夫だよ! これは『奇跡』みたいだね!」
僕には神の言葉は聞こえないけれど、何をされたのかは理解できた。
じいは危険がないことを確認して、僕の服を整えながら問いかけてくる。
「坊っちゃま、どのような『奇跡』が起こったのです?」
「どうやら、僕が魔法を行使する時に『天』という言葉を使ってもいいみたいだよ! ただし、クリス神官に関わる時だけって限定だけどね!」
「おお! それはようございました!」
クリス神官がらみの限定とはいえ、すごく嬉しい。
これまで魔法を発動させる時に『天』とか『神』とかいう文言を入れてたら、ちょっとした天罰があったからね。
家具に足の小指をぶつけたり、まつ毛が目に刺さったりとか……華麗な僕とは程遠い地味なものだけど、けっこう痛いよ?
うん! 痛くてもやめないけどね!
「坊っちゃま……」
じいが呆れ顔をしても、やめないけどね!!
「じい、父上には儀式が終わったらすぐに戻ると伝えておいてくれ! 今度の旅は長くなりそうだからね! 挨拶と色々と準備をしないと!」
「坊っちゃま、すっかりご成長されて……あの御方には感謝でございますね……」
「それと同好会の仲間にも連絡を! きっと彼らならクリス神官をうまく助けてくれると思うからね!」
「かしこまりました」
私の名は……じいや、とお呼びくださいませ。
旦那様がご幼少の頃からお仕えしておりまして、末の御子であるミヒャエル坊っちゃまがお生まれになってからは「じいや」として付かせていただいております。
今の坊っちゃまは、たいそう興奮されております。
頬を赤くし、瞳を輝かせ、熱い視線を送っているそのお相手は……もちろん大好きな神官様たちでございました。
王宮の庭園を彷彿させるような庭園は、中央神殿で多くの人を集めて行われる儀式に使用されます。
そして、神官様たちの中心にいらっしゃる御方は、坊っちゃまが旅の途中で出会った神官クリス様でございます。
多くの法衣が風にひらめく様は圧巻で、中でもクリス様は凛とした表情の中にも神々しさを感じる笑みを浮かべられておりました。
見物客として貴族の方々が多くおられましたが、ご婦人たちの黄色い悲鳴がそこかしこから聞こえてきます。
中には怪しい目をした男性も……これは危険です。貴族であれば家名を控えさせていただき、後ほど坊っちゃまにご報告させていただきましょう。
ともあれ、私から申し上げることはほとんどございません。
本来であれば儀式の様子を語る坊っちゃまが、まったく言葉を発することなく放心状態でしたので、少しばかり語らせていただいた次第でございます。
私と致しましては、これからお忙しくなられるであろう坊っちゃまを、今まで通りしっかりとお助けしていく所存でございます。
どうか皆様、この先もご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します。
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