41、好きだと叫びたい時もある


 山には彩りがない……と思いきや、よくよく周りを見ると山百合が多く咲いている。

 ここは異世界だけど、食材や植物の名前は元の世界とほとんど同じだ。脳内変換機能のおかげかもしれないけど。


 それにしても、群生している百合……咲いているのは高地で生えるタイプみたいだけど、こんなに主張して咲くものだろうか?


『やまのかみは、ゆりがすきなのよー』


 なるほど。好きだからたくさん咲いているのか……ここ、森でもあるけど。


『もりのかみも、いかどうぶんなのー』


 なるほど、山の神様と森の神様は百合が好き。

 すごく主張されているみたいだけど、気のせいだろう。たぶん。


「あ、薔薇も咲いてる」


『ゆりすきーたちは、じひぶかいの』


 なんだろう。百合や薔薇が花ではなく違う意味に聞こえてきたんですけど……。


「例に漏れず、私も百合が大好きだ!」


「そ、そうですか……いいですよね、百合……」


 元ミノムシ大神官様も百合がお好きらしい。

 つまり、百合が好きならば山と森の神様から加護が得られる……。


「俺は別に何とも思わないけど」


 ディーンさんがつまらなそうに百合をいじっている。まぁ「花が好き!」なんて、それほど強く主張するものでもないもんね。

 すると、牙を剥く男たちが。


「なんだと!!」

『黙れ小僧!!』

『……っ!!』


 大神官様の言葉と同時にどこかで聞いたことのあるようなセリフと、声にならない声が聞こえてきた。どっちがどっちだろう?


『やまのかみと、もりのかみなの。めずらしいの』


 引き篭もりたい大神官様と意気投合するくらいだから、この神様たちは出現率が低いのだろう。

 そして山も森も男神だ。


「これほどまでに百合を愛する神たちがいるだろうか、いや居ない!! 山と森が育む麗しく気高き百合の存在を『何とも思わない』とは罰当たりな!」


「いや、俺は花に興味がないだけで……」


「男ならば百合のひとつやふたつ、嗜むものだぞ!?」


「百合って嗜むものなのか?」


「すみません、そこは私もよく分からないです」


 首をかしげるディーンさんの横で、私はペコリと頭を下げる。

 花ならばともかく、違う意味の百合だとしても良さは分からない。薔薇は友人が好きだったから知識として知ってるけど。まぁ、それはともかく。


「ところで、そろそろ出発しませんか?」


「まさか神殿に戻りたくないから時間稼ぎしてる……とかじゃないだろうな?」


「ち、ちちちちがいますぅー! 準備万端ですぅー!」


 殺気を出すディーンさんに、大神官様はビクッと体をこわばらせる。

 そして私の足元にいる子狼の神様の尻尾が、股にヒュッと挟まれてしまった。かわいそうだけど可愛い。


 ディーンさんの殺気のおかげ?か、山の神様は高低差のある地面を平らにしてくれたし、森の神様は木々を移動させて開けた空間を作り出してくれた。

 おお! さすが神様だね!


『せっかくハルさんと会えたんだ。これくらいやるよ』

『……ハルさん、ありござ』


 山の神様、森の神様、こちらこそ声が聞けて嬉しかったですよー!

 また会えたら、その時はちゃんと百合の魅力が語れるよう精進しますねー!


『またねー、なの!』


「ディーンさん、この子、連れて帰りたいです」


「やめておけ。獣は自由であるべきだ」


 いやいや、獣じゃなくて神様だけどね? 


『またあえるの! おみやげまってるの!』


 了解です! また、うしたん印のお肉シリーズを持ってきますね!









 ふたたび空の住人となった私たち。

 ディーンさんの力強い羽ばたきによって中央神殿までの距離と時間は、かなり短縮されている。すごいぞ竜族!


「ちょっとー! 怖すぎるんですけどー!」


「大神官様すみません。神様たちの糸だから、そう簡単に切れないとは思いますけど……ほんとすみません」


「悪いな大神官サマ? 俺の背中は一人乗り用なんだ」


 現在、大神官様は出会った時のように「ミノムシ」となり、ぶら下がっている状態だ。

 その糸はディーンさんの前足?にくくりつけられていて、なんというか……心許ない感じだ。だってロープじゃなくて糸だからね。


「信じているからね!? 絶対に離さないでね!?」


「俺は期待に応える男だ」


「よっ! さすが万能と名高い竜族の男っ!」


「離すなよ、と言われたら離すのが『オヤクソク』だと風の噂で聞いたことがある」


「そんな風の噂を信じちゃらめぇっ!!」


 大神官様はディーンさんの真下にいるから見えないけど、もしかしたらさっきみたいにクネクネと動いているのかもしれない。

 そして風の噂は、きっとあの神様(かんさいじん)が絡んでいるに違いない。


「今代様、もう少しで着きますからねー」


「うう、クリス君は優しいなぁ……」


 あ、着地する時ってどうするんだろ?


 結構重要なことを今さら気づいた間抜けな私と違って、ディーンさんはちゃんと考えていたみたい。

 着地に入る時に風の魔法を使ってミノムシ……じゃない、今代の大神官様を降ろしていた。(ちょっと勢い余って転がっていたけど)

 今回は直滑降じゃなくて、ゆっくり降りてくれたから怖くなかったよ。


「あ、そういえば事前に神殿に知らせなくても良かったんでしたっけ?」


「俺が王都に近づいたら、すぐに神殿から奇跡が発動していたぞ」


 おお、それは便利ですな!

 でも緊急時以外は、普通に移動したほうが良さそう。だって……。


「庭園の花が大変なことになってますね……」


「この体の大きさだと、どうしても風が荒れ狂うんだ」


 風の神様も、竜が空を飛んで風を乱すことが『世界の理』だとか言ってたもんね。しょうがないか。


「ここは私にお任せあれ!」


 いつ復活したのか、さっきまで倒れて動かなかった大神官様が、キリッとした表情で『祈り』を捧げる。

 文言は同じだけど、起こる奇跡がどういうものかすぐに分かった。


 神殿の奥から出てきた神官さんたちが頭を抱えている。


「ああ! また庭園が百合だらけに!」

「大神官様、百合ばかり生やさないでください! 他の花も植えられなくなるじゃないですか!」


 うーん、あの山の神と森の神と仲良し大神官様だから、そういうものだと諦めてもらうしかないよね。

 あ、やっぱり少しだけ違う花も咲いてるね。


「少しだが、薔薇もあるな」


 人型になったディーンさんの呟きに、やはり百合と薔薇は意味深な感じがするなと思ったりした。

 でも「好き」って神(ひと)それぞれだからね。主張するのはいいことだと思うよ。


 ここが「国を代表する神殿の庭園」じゃなければ、の話になるけど。

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