40、ご褒美は柔らかい毛並みをモフりたい


 灰色(銀色?)の子狼は、へたりと座り込むと後ろ足で首をカシカシと掻いている。

 うん。これもう、神様というか……ただの獣だね!


『ただのおおかみとおもったら、おおまちがいなのー』


「あ、干し肉食べますかね?」


「味の濃いものは良くないんじゃないか?」


『ほしにく、うまー』


 ディーンさんは止めていたけど、荷物袋から取り出した瞬間にかぶりつかれてしまった。

 神様だし、だいじょうぶだよね?


『このあじ、はごたえ、そしてふかみのあるかおりは……うしたんじるしの、ごきんせいなの!』


「おお、さすがですね! 当たりです!」


 牛の女神様……うしたん印の干し肉は旅人たちにとって希望の星ともいえる携帯食料のひとつだ。

 堅パンやドライフルーツならまだ良い方で、中にはとんでもない味の栄養食などもあったりする。たぶん、現代日本の食事に慣れ親しみすぎている私にとって、つらい旅になること請け合いだ。


 今の私は干し肉やキャンディーなどのお菓子類と、お弁当をいくつか持っているよ。

 携帯食料は「今回は必要ない」ってことだったので。


『おいしいもの、ありがとなの。おれいに、あんないするの』


「えっ、まさか干し肉無かったら案内してもらえなかったりとか……」


『やっぱり、おいしいものがあると、しんしょーがちがうのよ?』


 移動するのかと人型になったディーンさんは、追加の干し肉をハムハムしている子狼の神様を見て微妙な顔をしている。(無表情なんだけど)

 ……まぁいいか。案内神(あんないにん)をゲット出来たし、結果オーライってことでよろしくディーンさん。


 転がるように(たまに本当に転がりながら)走っていく子狼を、小走りで追いかける私たち。

 歩きづらいかと思っていたけど、子狼が歩く側から「道」ができていく。


「すごいですね……さすが子狼の神様……」


『ん? これはもりのかみがやってるのよ?』


「森の神……ですか」


『まぶだち、なの』


 む、さてはこやつ、子狼とか名乗ってるくせに中身はオッサンだな?

 森の神様も協力的なら案外早く見つかるかなぁ……大神官様……。


「もうすぐだな。この先に気配がある」


「え?」


 竜族のディーンさんは卓越した五感を駆使して気配を探ってくれている。

 警戒態勢じゃないから、たぶん気配は魔獣のものじゃなくて……。


「……ミノムシ?」


 目の前に「ぶら下がって」いたのは、巨大なミノムシ……ではなく。


「んあ? なんの騒ぎぃ?」


 木の枝や葉っぱで簀巻き状態になっている男性は、大木の下で揺れながら大きな欠伸をひとつした。

 すると私を守るように前に出たディーンさんが、どこから出したのか大きな槍を構える。


「新種の魔獣か?」


「斬ったらダメですよディーンさん。気持ちはわかりますけど……」


『いちおう、ひとなのよ?』


 そう言いながらも揺れている巨大ミノムシが気になるのか、子狼は飛び跳ねて噛みつこうとしているのが可愛いね。


『ほんのうには、あらがえないのよ? びーまいべいべーなのよ?』


 いや君、絶対に中身オッサンでしょ。

 そして言葉の意味は分からないけど、とにかく何かを訴えたいのは分かった。


 さてと。


「大神官様ですか?」


「ああ、なんだ。君たちそっち系? やだよぉ、まだ帰らないよぉ」


「ディーンさん、これ、斬っていいですよ」


「ちょ、ちょっと待って! 話! とにかく話をしよう!」


 ぶら下がっていた男性は、ミノムシ状態のままスルスルと降りてきた。

 誰が操作しているのかと上を見ると、大木の枝が動いているのが見える。

 なるほど。大神官様は山の神様だけじゃなく、森の神様からも加護があるってことか。


「厄介ですね」


「斬るか?」


「いやいや素直! 自分すごく素直だから! 厄介な人じゃないから!」


 ピョンコピョンコ飛びながら近づいてくる様子が不気味で、思わずディーンさんの後ろに隠れる私。これぞ本能にはあらがえぬってやつだよね。


「わ、わかった! 離れて会話するから武器はやめて!」


「……そうか」


 先ほどと同じように、またどこかへと槍を格納したディーンさんは、それでも油断なくミノムシ大神官を注視している。

 私は干し肉で子狼の神様を釣り、抱っこさせてもらうことに成功した。

 これでミノムシも怖くないぞ!


『あごのしたのも、さわっていいのよ?』


 ありがとうモフモフ様。お腹もいいですか?


『よきにはからえ、なの』


「あー、そろそろ良いかな?」


 気がつくと目の前には法衣を身につけ、深い緑の髪をオールバックにしたメガネの男性が立っている。

 え? 誰?


「今代の大神官、だそうだ」


「ふぁっ!?」


 メガネ越しに見える理知的な瞳を持つ美男子と先ほどのミノムシがリンクできず、脳が混乱状態だ。


「おい、混乱するからミノムシに戻れ」


「ひどい!」


 あ、なんかさっきのミノムシっぽい(不気味な)動きをしてる。どうやらさっきの人に間違いないようだ。





 


「なるほど。君の最終試験は、自分だったってことかぁ」


「今代の大神官様を中央神殿に連れて帰れば、合格になるのです」


「帰りたくなーい! って言ったらどうなるの?」


「……生死は問われてないな」


「いやいや冗談ですって! 帰る! 帰りますよ!」


 これでいいのか今代の大神官。

 いや、先代の大神官もちょっとゲフンゲフン、なんでもないですごめんなさい。(とうとつな寒気を感じるなど)


 それにしても。


「大神官様の説得をどうしようかと悩んでましたけど、すっかりディーンさんに助けられちゃいましたね」


「こういう護衛を引き当てることができるというのも『巡礼神官』になるには重要なことだよ」


 神様たちが過保護だからじゃないの?


「確かに最初、神殿の依頼を受ける気はなかった。しかし受けようと思ったのは護衛対象がお前だからだ」


『すごいのよ? ほこるべきなの!』


「そ、そうですか」


 なんか照れちゃうね。えへへ。

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