39、そろそろ吸いたいと思っていた


 大きさは馬を何頭分くらいだろう?

 そして、服を着たまま竜化してたけど破けてない? 大丈夫なの?


「首の付け根あたりに窪みがある。そこに乗るといい」


「あれ? その姿でも話せるんですか?」


「竜族だからな」


「そうですか!」


 なんかよく分からないけど、すごいな竜族!


「ちなみに人の姿で着ていた服は、竜になっても損なわれることはない」


「じゃあ、このまま人の姿になっても……」


「服を着たままだ。これは竜族のみの能力で、他の種族には無いものだ」


「そうですかぁ……」


 ワンチャン、お着替えシーンを鑑賞できるかと思ったのになぁ……。


「クリス君? 何を考えているのかなぁ?」


「いえ、特に何も!」


 背後にいるエリーアス神官長から鋭いツッコミが入る。

 いやいや何も考えてないですよ? ちょっとフンドシ見れるかなとか思っゲフンゲフン!


 ブフォーっと、竜の姿のディーンさんから暖かい風が吹いてくる。

 いや、これは風じゃないね。鼻から出ているため息だね。

 竜の姿であっても目だけで呆れているのが分かる。これぞ「目は口ほどに語る」を体現したものであるに違いない。

 私の考えていることが伝わってしまったのだろう。ぐぬぬディーンさん、さてはエスパーか?


「……分からないほうがおかしいだろう」


「と、とにかく急ぎましょう! 早く行きますよディーンさん!」


「急ぐ必要があるのはお前だけだろう」


 ディーンさんの作ってくれた前足?を踏み台に、羽根の付け根に飛び乗ると同時に風がブワッと広がる。

 私とディーンさんを中心に緑が波打っていくのを見ながら、手を振っているエリーアス神官長たちに手を振る。


「いってきまーす!!」


 上から見たら、たくさん神官さんたちがいる。中央神殿なのに人が少ないと思ったら……どうやら隠れてたみたい。なんで?







 思ったよりも風の抵抗を感じないのは、ディーンさんのおかげ……


『わいやで』


 じゃなかった。風の神様(かんさいじん)だった。


『うそやで』


 嘘かい。


「俺の体に触れていれば風の抵抗を受けないが、しっかり掴まれ」


「はい!」


 地上にいた時は縦になっていた首は、飛んでいる時は前方向に伸びている。だから全方向の景色が見放題だよ。

 ……落ち着いて考えたら当たり前のことなんだけど、ここまで興奮状態だと全部が驚きに満ち溢れてしまうよね。


 それにしても、読書タイムに引き続き風の神様が話しかけてくれるのは珍しい。


『竜族を作った神が贔屓しよって奴らに力を与えまくったんや。とはいえ、そこらの風を乱してくれる存在は貴重やねんで』


 乱されたら大変なんじゃ?


『風は好き勝手吹いてるから、たまぁに調整しとるんよ。ただ竜族が乱した風は自然の一部として世界が受け取るみたいで、不思議とうまいこといくねん』


 なるほど、それで風の神様が加護を与えていると。


『これからもバンバン使うとええ』


 いや、人目があるとパニックになるから、使い勝手悪いです。


『そこをなんとか』


 さぼらずに調整を頑張ってください。


 その時、目の前に広がる壮大な風景に、思わず神様との会話を強制終了。(ごめんね)

 下は濃い緑が広がり、高くなるにつれて徐々に茶色から青みかかった灰色になり、そして真っ白の雪が山の稜線を覆っている。


 これは……地元にあった山は丘みたいなものかもしれない。


「雄大な景色ですね……」


 元の世界ではインドア派で、旅行といえば国内の温泉がほとんどだった。

 それでも山深い場所にいけば綺麗な景色に出会ったりしたけど、大きさとか規模とかのレベルが違う。

 薄々の知識から「アンデス山脈みたい」という感想が出てきたくらいだ。写真でしか見たことないけどね。


「こういう所は強い魔獣もけっこういるぞ。中には知性のある獣もいるだろうな」


「すごい……」


「つまり、この規模の山々から大神官を探せという話だ」


「すごすぎる……」


 無茶振りが。


『見つけるだけなら簡単やろ。ハルが祈れば皆喜んで探してくれるで?』


 でも、その大神官様は山とか森の神様と仲良しなんじゃないの?


『んなこたぁーない。試してみぃ』


 うーん……まぁ、そこまで言うなら……。


「ディーンさん、適当な場所で降りられますか?」


「おう。揺れるから掴まってろよ」


「はーいぃひぃっ!?」


 急降下ぁーっ!! らめぇーっ!! 







 四つん這いになって息を整えている私を、ディーンさんがまったく申し訳なくなさそうな表情で「すまん、大丈夫か?」と謝ってくれた。

 いや、これが大丈夫に見えたらディーンさんの常識を疑うよ? 人助けの仕事とかやってらんなくなるよ?


「……急降下、ひと声かけて、時間(とき)かけて」


「わかった。気をつける」


 標語のようなことを言う私を見てさすがに悪いと思ったのか、今度は神妙な面持ちでうなずいてくれた。うん、気をつけて……マジで……。


 森深い場所だけど、木々が途切れて開けた場所に降りたみたい。ここはどこ?


「王都から二つほど山を越えた場所だ。神の加護があるなら人の身でも来れるだろう」


「なるほど。ディーンさんは竜の姿のままなんですか?」


「探索するなら人型になるが、ここで準備を整えるならこのままでいる。魔獣よけになるからな」


「了解です」


 じゃあ、一度ここで『祈り』を捧げて方針を決めてみよう。

 法衣姿じゃないけれど、身なりを軽く整えてから手を組んで片膝をつく。


『ん? よんだの?』


 え、あ、はい。誰ですか?


『いまいくの。まってるのー』


 森の奥からガサガサと草を踏む音が聞こえてくる。

 ディーンさんが少し身構えたのを、手で合図して危険じゃないことを知らせる。


 固唾をのんでいると、ちょうど目の前の草がガサガサ揺れて……。


『ふぉっ!?』


 勢いよく灰色の毛玉が飛び出してきた!

 いや、転がってきた!


『ぎゅむぅ……』


「ディ、ディーンさん! 足で踏んだら潰れちゃいますよ!」


「……む、危険はないのか」


 私の目の前に勢いよく来たから、護衛のディーンさんは思わず前足で踏みつけてしまったようだ。

 え、大丈夫? おせんべいになってない?


『ちょっと、あぶなかったの。でもだいじょぶなの』


 いや、めっちゃ丸くて平べったくなってますけど!?


『はふはふぽいーん、なの』


 平べったい灰色が膨らんで出来あがった(?)のは、豆柴サイズの……犬?


『こおおかみ、の、かみさまなの』


 子狼の神様!? 子ども狼の限定!?

 なにそれなにそれーっ!! めっちゃ可愛いんですけどーっ!!

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