37、用法容量を守って使いましょう


 それから三日間、日に一回の試験の他は朝の祈りと鍛錬、聖水を作るための水汲み作業、書庫で貴重な本の閲覧などなど充実した中央神殿生活を送る私。

 試験の内容はさまざまで、筆記試験もあれば、体術などの実技試験や神官として『祈り』を披露することもした。

 ディーンさんも護衛としての試験を受けていたらしいのだけど、なぜか私が気づかないうちに終わっていることが多い。そして内容を教えてもらえない。


「その時になれば分かる」


「えー、でも知らないって危険じゃないんですか?」


「決まりだからな」


 こういう具合だ。なんでやねん。


 まぁ、本当に知りたかったら神様経由で教えてもらうことも可能だろうけど、さすがにそれはどうかと思うので自重している。


「じゃ、書庫で本を借りてきます」


「ついて行く」


「お手数おかけします」


 ディーンさんにとって仕事だから当たり前のことなんだろうけど、お礼は言っちゃうよね。小市民日本人だった私からすれば、イケメンの護衛なんて……イケメン?


「どうした?」


「いや、何でもないです……」


 書庫に入った私は、さっそくお目当ての本を片っぱしから選んでいく。後ろに立っているディーンさんはどれだけ持たされても微動だにしない。

 武力もあって、ガタイも良くて、さらにイケメンとかハイスペック過ぎやしませんかね。


 そう、ディーンさんはイケメンなのだ。

 こういう感性は人それぞれ違うからあまり触れなかったのだけど、ここに来て洗練されたディーンさんはイケメンに磨きがかかってきた。

 以前は「モッサリ」としたイメージだったのに。


「何か気になることでもあるのか?」


「うっ……大したことじゃないんですけど……ディーンさんが、こう、格好良くなったなぁって」


「ああ、それか。お前の付き人に『周りを意識して所作を美しくしろ』とうるさく言われたからな」


「それは……なんというか、うちのルッツがすみません」


「いや、俺の行動がお前の評判に関わるのだろう? 言っていることは正しい。だからその通りにしているだけだ」


 おお、ディーンさんが大人だ。

「それよりも……」と手に持っている分厚い本の数々を呆れたように見るディーンさん。なんですか? 何か問題でも?


「毎度のことながら、これを全部読むのか」


「だって、あんな便利な場所があるんですよ? 試験期間しか使用できないんだし、大いに活用すべきですよ!」


 向かう場所は自室……ではなく、祈祷室だ。

 ディーンさんは入れないので、入り口からは私が何度か往復して本を運び込む。そしてドアを閉めたら『祈り』のお時間ですよ、神様たちカモーン!!


『まさか、こんなふうに使われるとはね。さすが我が娘』


 あ、今日は大地の神様だ。こんにちは!!

 ところでいつも「娘」って呼ばれるんだけど、なにゆえ?


『土の上に立つ子は、ひとしく僕の子だからね……そうそう、水のはイアルの神殿でデー……用事みたいだから、今回は僕が来たよ』


 デー? デーってなんだろ?


『そ、それよりも、何を読もうとしているのかな?』


 この世界の魔獣の生態や戦い方、危険な地域や植物、薬になる素材の集め方……は読んで記憶しました。

 だからそろそろ、各所の美味しいものが書かれた旅日記などを読もうかなって。


『なるほど。生きるために必要な部分は学んだから、ちゃんと楽しむための学びもするのか。えらいぞ娘よ』


 えへへ、大地の神様も何か知ってたら教えてください。


『そうだねぇ、本に書かれてないことが知りたい時は、土に手をあてて祈ってくれれば教えてあげられるかな』


 おお! それはありがたいです!

 あ、神様も何か読みます?


『じゃあ、その食べてはいけないと思いながら食べたら美味かったシリーズのを』


 いいところに目をつけますねぇ、じゃあ私はそのシリーズの海の生物編からいきましょうか。


 祈祷室は思った以上に便利だった。

 神様たちも人間の本を読むという考えはなかったみたいで、最初は水の女神様に何を考えているんだって呆れられた。

 だけど『祈り』で声しか聞こえないはずの神様たちが、なぜかここに持ち込んだ本を手にとって読めることが分かり、ものすごく大騒ぎになったらしい。

 私からは本が勝手に浮かび、ペラペラとページがめくられていくので絵面がホラーなんだけどね……。


『わいもおるで』


 来とったんかい、ワレェ……っと、いけないいけない。エセっぽい西の口調に釣られてしまった。

 風の神様は、他の神様たちよりも情報通なんだけど、本に関してはなかなか手を出せない分野だったらしい。

 これまであまりやり取りがなかったのに、急に距離(?)を詰めてきたのには驚いた。


『まったく、風のは現金だよね』


『現金は大事にせな』


『そういうことじゃなくて……』


 さすがエセ関西神かんさいじんですね。


『エセちゃうわ』


 はいはい分かりましたよー……って、そういえば水の女神様から頼まれてた本を持ってきたのに。明日また持ってきますかね。


『どういう本なの?』


 恋愛小説を読みたいんだって。この世界の男女交際を知りたいとかなんとか……水の女神様って恋愛成就とかも担当してるの?


『え? ああ、まぁ、そうだったかな?』


『へぇ、あの人間の粘り勝ちか。なかなかやるやん』


 よく分からないけど、あたたかい感じの声だから悪いことじゃないのだろう。

 でも神様になっても勉強はするもんなんだね。







 そんなわけで、ディーンさんに負けず劣らず(と思いたい)私もハイスペックな体の持ち主だ。

 大量にあった書庫の本を祈祷室で読みに読みまくり、記憶しまくった。

 細マッチョの高性能な肉体というのは、脳にも適用されていたから本当に神様たちに感謝感謝だよ。


「さすがに全部じゃないけど、かなり読んだと思う」


「俺には無理だ……本を読むのは嫌いではないが、さすがにこれだけの量は無理だ」


 四日目の試験の後、いつもの祈祷室での読書を終わらせた私は、書庫へ本を返しに来ていた。

 一回につき体感時間として数刻ほど読書をしていたのだけど、それは神気に晒される一日の限界がその時間だからだ。

 某漫画に出てくる部屋みたいに、何ヶ月もいられないのは残念ですな。


「失礼いたします。クリス神官は……」


「あ、はい。ここにいます」


 ディーンさんは分かっていたのか、私の後ろに控えてくれている。

 書庫に入ってきたのは、初日に案内してくれた人だ。


「お待たせいたしました。大神官様が戻られましたので、最終試験の日が決まりました」


「最終試験……」


 穏やかな口調で告げられた内容に対し、緊張する私と通常モードのディーンさん。


「試験は明日となります」


 え、急すぎない?

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