33、やっと気づいたよ
「もちろん、ここより豪華な宿をとっているけどね! 仲間として食事くらいは一緒にとるべきだと冒険小説に書いてあったから!」
そんな大声で「ここより豪華」とか言わないでほしい。食堂のお姉さんがすんごい目で見てくるから。
すみませんって目で謝ったら、頬染めて笑顔を見せてくれた。
「ユリウス、これよ。これが必要なのよ」
「そんなん無理だっての」
マリーちゃんとユリウス君がひそひそ話している。君たち本当に仲がいいね。
坊っちゃまが呆れ顔で私を見ている。何よ、アンタのせいでしょうが。
「護衛、がんばってね」
「……ああ」
坊っちゃまの言葉に対し、苦々しい顔で頷くディーンさん。
だから何よ、何なのよ。
「ところで坊っちゃまさんの宿にはお風呂ついているんです?」
「当たり前だよ! 部屋にひとつしかないけど!」
「ひとつあればじゅうぶんでしょ……」
お貴族様の感覚って、分からない。
そっかぁ、宿にお風呂あるのいいなぁとディーンさんを見れば、苦々しい顔のまま口を開く。
「王都近くの上等な宿のほとんどは、貴族が部屋ごと買い取っている」
「そうなんだ……」
テーブルの上には、大皿に盛られた料理が並んでいる。宿泊者用の食事の他に追加で坊っちゃまが頼んだようだ。ありがたくいただくことにする。
王都に近いからか、肉と野菜の配分がちょうどいい。魚料理はないのは近くに海や川が無いからだろう。
「お風呂付きの部屋なら、ボクの関係者って言えば泊まれるけど?」
「それはイヤです」
「なんでー!?」
「坊っちゃま、神官様にご無理を言ってはなりませんよ。神殿としての立ち位置というものもございますからね」
爺やさんが言うのはごもっともな話で。
神官は神殿に属していて、神と繋がりの深い神殿は権力を持たないとされている。
少なくともこの国は階級制度があり、王族や貴族はある程度権力をもっているからだ。
だから「仲良くしすぎる」のは、よろしくないこととされている。
無言で肉料理を咀嚼していたユリウス君が、ゴクリと飲み込むと口を開く。
「クリスさん、風呂好きなのか。俺あんま好きじゃない」
「不潔な男は嫌われるんだから。クリスさんみたいに清らかじゃないと」
マリーちゃんの「清らか」って言い方は微妙だけど、確かに清潔にはこだわるよ。一日一回はシャワーだけでも浴びたいと思うし。
「この町は共同浴場があると聞いたけど、今日明日は休みだというから残念です」
「お前まさか……営業していたら入ったのか?」
「はい、もちろんですが?」
「……ここには『浴場は個室以外禁止』とあるぞ」
「はい?」
ディーンさんが取り出したのは、分厚い冊子だ。
中を見れば紅茶の趣味から食事の好み、朝の鍛錬の内容まで細かく私のことが書かれている。え、何これ。
「ルッツから引き継いだ、世話係としての心得だ」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね。でもなぜ共同浴場禁止なんでしょう?」
「知らん」
確かにルッツ君から「神官たるもの、おいそれと他人に肌を見せたらダメです!」って注意されていたなぁ。
神殿の騎士たちが使っている大浴場も使用禁止だった。ぐぬぬ。
別に恥ずかしくない体だと思うんだけど……この体は鍛えているから、いい感じに細マッチョだし……。
ん? ちょっと待てよ?
共同って、他人と一緒に入るってことだよね。
そして今の私は、細マッチョで健康的な「男子」の体だ。
そう。
今の私は、男だ。
「……っ!!!!」
やっっっっべっっっっ!!!! あっっっっぶなっっっっ!!!!
前世の流れで普通に女風呂入るイメージしかなかったけど、今の私は男だったよ!
だから私が入るとしたら、男風呂なんだよ!
色々見放題ヒャッハーって、まだなれない!
むしろ自分のもまだ慣れてない!
痴女になっちゃうじゃん! いや女じゃない、そしたら痴漢? いやちがうちがう、そうじゃない、そうじゃないんだ!
『落ち着いて、ハル。そのために神官はむやみに肌を見せるべからずって規則を作っておいたんだから』
わーん!! 女神様グッジョブー!!
……って、ちょっと待てよ? そのために規則を作った?
『色々あるのよ。神官は男だけじゃないから』
なるほど。神様たちにとって、女性の神官を守るのも必要だってことかな。
よほどの悪人じゃないかぎり、普通の人たちは神官は神聖なものだと思ってくれるだろうし、こういう決まりがあったほうがいいよね。うんうん。
はぁ……今のうちに気づいてて良かった……。
「大丈夫か? 顔色が悪いようだが」
「すみません、自分の迂闊さに落ち込んでました……」
「火山の近くには温泉郷がある。巡礼神官になれたなら巡礼候補地として考えておくといい。そこには個室の温泉風呂がある」
「お、温泉郷!? ありがとうディーンさん! ぜひ候補地にします!」
温泉と聞いて、テンション爆上がりになる私。
そういえば当初の目標に温泉探しというのがあった。ぜひ行かねばならぬ。
落ち込み状態から秒で回復した私は、目の前の肉料理をいただくことにする。
うむ! すんごく美味い!
『ふふふ……当然……』
いつの間にいたのか、テーブルに寝転がりながら置いてあるスプーンを突いている牛の女神様。
あ、何か食べます?
『背脂たっぷり豚骨ラーメン』
えっと……少なくとも宿には無いと思いますよ?
『無念なり』
そう言った牛の女神様は、しょんぼりしながら消えてしまった。
ごめんようしたん! 巡礼神官になったら、ラーメンも探すから!
「ディーンさん、麺料理って知ってる?」
「ああ、東の国にある料理だな」
よっしゃ!!
フンドシともども首?洗って待ってろよ! 東の国めぇっ!!
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