王都の神官が見た奇跡(おおさわぎ)


 かの御方が世界の神々の導きにより、王都にある中央神殿に来られるまでの騒ぎは、それは凄まじいものでした。


 事の起こりは数ヶ月ほど前のことです。

 各神殿より一斉に「神々が降臨された」という伝令が、この中央神殿に入ったのが始まりでした。


 高位の神官であれば『神託』という奇跡を起こせます。

 それは災害であったり、権力者の不祥事であったり、神の規律に反する行いであったりと様々です。

 しかし、この時は違いました。


「祝福の神子が現れた」

「やがて世界を巡り廻らせることとなる」

「手助けをせよ」

「かといって構いすぎるな」

「見守るだけにとどめなさい」

「されど悪人から遠ざけよ」


 この世界におわす神々の言葉は短いことが常です。しかし、ここまで短文が集まってしまうと最初の文言との齟齬が生まれ、その都度修正が入り……とまぁ、とにかく大変な騒ぎとなったのです。


 辺境の地と呼ばれるイアル町の神殿から、神官長エリーアス様が状況の説明に来られた時、我々は安堵するあまり泣きそうになりました。いや、数人は泣いておりました。

 エリーアス様は歴代最年少で大神官になられた方です。

 引退後は辺境で暮らすというエリーアス様を、なんとか神官長として辺境の神殿に止まってもらおうと説得した、あの時の我々を褒めていいと思うのですよ。

 年老いた様子もなく、辺境の空気がよほど合うのかむしろ若々しくなったエリーアス様は、着いた早々我々に向かって文句を言ってきました。


「まったく、年寄りを働かせますねぇ」


「エリーアス様! この事態ですから、お許しください!」

「我々はどうすれは……」

「神々の怒りに触れず、神子様をお迎えする方法はないのでしょうか!?」


 口々に問いかける我らを、ため息ひとつで静かにさせるのはさすが先代の大神官様であります。かくいう私は先輩神官の後ろで静かに見守っていたのですが。


「落ち着きなさい。まったく……今代こんだいはどこにいるのです?」


 今代とは、エリーアス様の後継である今代の大神官様を意味します。


「今代様は、山に籠られております」


「またですか。相変わらずですねぇ」


 大神官というのは神官の中でも特殊な存在です。

 先代の大神官であるエリーアス様は水の女神様との結びつきが強いため、何か集中したい時などは清らかな泉や滝などに向かわれておりました。

 今代の大神官は緑と石の神々との結びつきが強いとのことで、何かあればすぐ山に籠られてしまいます。もしや逃げただけでは……などと邪推してしまったり。それほど今回の事案は我々を追い詰めていたということです。


「逃げられましたねぇ……」


 あ の や ろ う ! !

 

 おっといけない、大神官様になんということを。

 それよりもエリーアス様は、我らに導きの光をもたらしてくださいました。


「巡るというのは『巡礼神官』のことでしょうねぇ。神殿の威光と神々の許しを与えるという形で、神子様に無理なく世界を巡り廻らせていただける立場を確立させるのが良いのでは?」


「おお! なるほど!」

「さすが先代様!」

「素晴らしいお導きに感謝いたします!」

「さすが! よっ! 女神落とし!」


「ふふふ、もっと褒めてもいいのですよ。最後の君は、後でたっぷり御礼をさしあげようかなぁ、ふふふ」


 私じゃないですよ。隣の神官やつですよ……などと思いながら、隣と距離を置いていると、エリーアス様が私をジッと見ております。

 え? 何か御用ですか?

 女神落としの噂は、若かりし時のエリーアス様が女神様に向けて生涯の伴侶にすると口説き、冷たかった泉が温泉になったという逸話が元になっているだけで、私は何も言っておりませんよ? 無実ですよ?


「ふふふ、色々と言いたいことはありますが、君が神子の出迎えをするようにとの『神託』です。頼みましたよ」


「は、はい!!」


 男性とは思えないほどの色香溢れる笑みを浮かべたエリーアス様は、隣にいる神官やつの首根っこを掴んで去っていかれました。


 こうして大役ばくだんを任された私は、山から帰ってこない今代様の分まで「神子様をお出迎えする準備」の指揮をすることとなったのです。




 そして今日、いよいよ神子様が中央神殿に来られます。

 出迎えは私ひとりです。

 準備の最中に神託があり、大仰なものは望まないとのことでしたからね。


 神殿の門の前で、道中を一緒していたという若い男女の冒険者に手を振り、貴族らしき少年と付き人にも手を振って別れを惜しんでらっしゃいます。

 そして、こちらに向かって歩いて来られます。


 一歩進まれるたびに分かるほど、神子様の周りの空気は澄んだものとなり、風に揺れる銀色の髪は清らかなる光を放っておりました。

 整った顔は少々緊張してらっしゃるのか冷たくも見えますが、私が笑顔で一礼すればゆるりと微笑んでくださいます。

 思わず見惚れてしまう私に、いつの間にいたのか黒髪の大柄な男が横にいて驚きます。


「しっ、失礼いたしました。イアル町の神殿より連絡があった『巡礼神官』の資格を求める方と、その護衛の方でしょうか?」


「はい、そうです」


 心地良い響きの声にうっとりとしていると、黒髪の護衛の咳ばらいで我に返る。これは危ない、気を引き締めなければ。何が危ないかは聖職者たるもの口が裂けても言えませんが。


 さて、ここからが大変だ。

 神子様……神官であるクリス様が『巡礼神官』になるためには、いくつか試験を受けていただくことになる。

 途中に行われる神々からの試練はさて置き……。


「最終試験は今代の大神官様と問答をしていただきます。とはいえ、急がれる必要はございません。ごゆるりとお過ごしいただく中で、巡礼について学んでいただきたく……」


「わかりました。よろしくお願いします」


 クリス様の清らかなる笑顔に癒されながらも、心の中で私は「早く帰って来いアフォ大神官めぇーっ!!!!」と叫ぶのでした。

 

 

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