31、人の話はちゃんと聞こう
「実は、坊っちゃまは本物の神官様を見て、少々興奮をしてしまったのです。そこで同じ馬車に乗りたいと駄々をこねられたのですが、実際見て嫌だと駄々をこねられたところで皆様とお会いした流れでございます」
「そうだったんですね」
すでに二回も駄々をこねていたのですね。
現在の坊っちゃまは、偽神官服を裏返し「普通の華美な貴族服」を身につけてらっしゃる。
ピンクブロンドのふわふわな髪は肩くらいにまであるし、もしかしたら女の子と間違えられてしまうかも……と思いきや、意外としっかりとした肩幅と骨格をしているから大丈夫かも。
神官を騙(かた)るのは、本来ならば国の法で罰せられる案件ではある。でも神様たちの罰が思ったよりも軽かったから、今回は厳重注意ってところかな。
なんとなくだけど、神様たちが坊っちゃまを私に絡ませたいと思っている流れを感じるんだよね……なんでだろ?
ちなみに今、坊っちゃまが大人しいのは、手持ちの干し肉を口にぶち込んだからだ。こんなものを「お貴族様」が好むとは思わなかったけど、なんかすごく美味しいらしく無言でモグモグしている。なんだか干し肉がスルメっぽい何かに見えてきたぞ。
『そう……噛めば噛むほど味の出る、うしたん印の干し肉最強説……』
気づけば私の膝で、牛の女神様がドヤ顔をしていらっしゃる。
確かに美味しかったよ。ここまできたら、道中の肉料理に期待しちゃってもいいかな!?
『いいともぉー』
古(いにしえ)の返しをして、親指を立てて消える牛の女神様。
人呼んで「うしたん」だよ! みんな、おぼえてね!
「同じ馬車なのはいいが、魔獣が出た時に足を引っ張るなよ。俺は護衛対象しか守らん」
「もちろんでございます。神官様を一番に考えてくださいませ」
「まぁアンタも強いし、そっちの心配ないだろうけどな」
おお! テオ先輩も相手の強さを見るのが得意だったけど、ディーンさんも負けてないね!
私は勝手に爺やさんが強いと思いこんでいたから、ちょっと反省。
「でもさ、クリスさんがいれば、大抵の怪我は平気だと思うぜ」
「バカユリウス! そんなこと言ったらディーンさんが……」
ユリウス君の軽口を、慌ててマリーちゃんが止めるけれど、時すでに遅し。
「ほう……余裕だな。これが若さか」
「んくっ、なに? どうしたの?」
馬車内を流れる空気が冷たくなったのを、さすがの坊っちゃまも感じたらしい。
もぐもぐ口を動かしながら、新しい干し肉に伸ばした手をガシッとディーンさんに掴まれてしまう。
坊っちゃま逃げてー、超逃げてー(棒)
「ようし、お前らはここから馬車と並走だ。体づくりは冒険者の基本だぞ」
「ひっ!?」
「バカユリウス!!」
「え? なに? なんのこと?」
ユリウス君とマリーちゃん、そして、ひとり状況を把握していない坊っちゃまを含めた三人が馬車から放り出されてしまう。
がんばれ若者たちよ。
この場合、私も若者に入るんだろうけど……。
「お前は、この程度の訓練は朝飯前だろ」
「そうですね。確かに朝食前にやってますからね」
「神官様、護衛様の仰っているのは、そういう意味ではないと思いますが……」
おお、爺やさんからツッコミが入ってしまった。
というよりも、この状況は爺やさん的に大丈夫なのだろうか。
私の表情を読み取ったのか、微笑みを浮かべた爺やさんは外で半泣きで走っている坊っちゃまを見て目を細める。
「この程度でつぶれる坊っちゃまではございませんよ」
「そうですか。うちの護衛がすみません」
「いえいえ、坊っちゃまにはよい薬でしょう」
ほっほと笑う爺やさんに、ディーンさんは「食えない爺さんだ」とため息を吐いた。
もうすぐ昼の休憩所に着くというところで、天啓を受ける。
「きますよ。ディーンさん」
「へぇ、天啓ってやつか」
ゆるりと立ち上がってどこからともなく槍を出したディーンさんを見て、だらりと座っていたユリウス君とマリーちゃんは首をかしげる。
「なに? なんの話なんだ?」
「わたし、もう走れない……」
君たちは仲がいいね。そして使えないね。
坊っちゃまを見れば、爺やさんに飲み物やお菓子を要求していたり、まだまだ余裕がありそうな感じ。あの二人に比べて体力があるのは驚きだ。
「時間と規模は?」
体を解すために腕や足を伸ばし、ストレッチしているディーンさんが私に問いかけてくる。
神官が起こす奇跡の中で、魔獣が発生する天啓を受けられる者は少ない。なおかつ時間や規模を事前に知るなど滅多にないことだ。
そこは以前、水の女神様の言っていた文字数制限(笑)に問題があるのかもだけど。
「半刻ほど後で、岩蜥蜴二十匹くらいです。硬いですよ」
「俺なら問題ないが、数が多いな」
「しょうがないなぁ! この僕が手を貸すよ!」
「いらん」
「ディーンさんの邪魔したらダメですよ。坊っちゃまさん」
「うわーん! 爺! こいつら二人して僕をバカにするよぉー!」
「ほっほ、坊っちゃま、これが人生の悲哀というものです」
爺やさんの謎のフォローに苦笑していると、坊っちゃまがキッと私たちを睨んでくる。
「僕の魔法、見たら絶っっっ対に驚くんだからね!!」
そう言って彼は、馬車の窓から飛び降りてしまった。
後に残された私たちが「どうしたもんか」と顔を見合わせていると、爺やさんがスッと立ち上がって馬車のドアを開ける。
すると弾丸のように飛び込んできたのは、ピンクゴールドの髪を振り乱した坊っちゃまだった。
「ちょっと!! どこに岩蜥蜴がいるのさ!!」
いや、発生するの半刻後って言ったじゃん。
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