30、金持ちには金が落ちてくる


 さてさて、王都へ向かう道中で気づいたのは、この世界における一般的な「神官様」の立ち位置についてだった。

 イアル町ではエリーアス神官長が、気軽にふらふら出歩くことが多かったせいか、神殿や神官という存在が身近だったのかなぁと、外に出たことで気づいたんだよね。

 それでも私の考えが違っていたら恥ずかしいから、一応聞いてみることにする。


「ディーンさん、私、なんか臭かったりします?」


「いや、特には感じられないが……」


「ではなぜ、この人通りの多い道が、こんなにも歩きやすいのでしょう?」


「歩きやすくて何よりだろう」


 うん。聞きかたが悪かったというか、聞く人を間違えたような気がする。


 ユリウス君とマリーちゃんに聞いてみても、無邪気に「クリスさんってすごい神官なんだなぁ!」なんてはしゃいでいるけれど、そういうことじゃない。

 うーん、この町だけというわけじゃない。イアル町から離れてから感じられて、なおかつユリウス君とマリーちゃんが私を「神官」として強く意識していないということは……。


「都会はヒッキー神官が多いってこと?」


「なんだそれは」


 小さな声で呟いたのに、ディーンさんには聞こえてしまったようだ。

 なんでもないと無言で首を横に振ったけど、何かがひっかかるんだよね。何だろう?


 うんうん考えていたら、あっという間に乗り合い馬車の停留場に到着した。

 よし! この馬車に乗れば、次の町で洗濯ができる! ジャパニーズのアンダーなウエアーも洗えるぞ!

 神殿にいた時も、これだけは自分で洗っていたんだよね。強く洗うと繊細な布が傷んじゃう。フンドシ様はデリケート?だから気をつけないと、なのだ。


 出発まで時間があるから、いくつか屋台が出ているのを覗いてみることに。

 乗車中でも食べれるようなものあって、ウキウキしながら購入していく。ユリウス君とマリーちゃんも、いつディーンさんの特訓が始まってもいいように、疲労回復用の飴とか買ってる。

 甘いもの遠足のお菓子を選んでいるような気持ちで、なんだか楽しくなってきたぞ?


 すると、遠くで誰かが言い合うような声が聞こえてきた。

 喧嘩なんてよくある話だから気にしていなかったんだけど、まんまと騒ぎの元凶が目的の馬車近くにいるではないか。


「おい、俺の後ろにいろ」


「でも……」


「護衛対象が護衛の前に出てどうするんだ」


 そうは言ってもですね、揉めてる人たちどう見ても神殿(うち)の関係者っぽいんですよね。


 言い合うというよりも、ただヒステリックに文句を言っているのは神官服を身につけている少年だ。

 お付きの人らしき壮年の男性は穏やかな性格のようで、おっとりとした物言いで少年を宥めようとしているが、残念なことにまったく上手くいっていない。


「もう! こんな馬車じゃ、僕のお尻が割れちゃうじゃない!」


「落ち着いてください坊っちゃま。尻は割れているものですから……」


「モノのたとえでしょ! もう!」


「なるほど、さすが坊っちゃま。博識ですな」


「そういうのはいいから! 馬車を変えろって言ってるの!」


「王都行きの馬車はこれだけでございましてな」


 ふむ、なるほど。


「ディーンさん」


「おう……親爺さん! 出してくれるか!」


「「ちょっと待ったぁー(待ってくだされ)っ!!」」


 言い合う二人の横をすり抜けて馬車に乗り込んだ私たちは、他に客がいないだろうと出発を御者さんに促したところでストップがかかってしまった。

 ユリウス君とマリーちゃんも買ったお菓子を出してすっかりくつろぐ気マンマンみたいだし。あ、ディーンさんが鬼教官の目をしている。(ぶるぶる)


「ちょっと! なんで僕らを置いて出発しようとしてるわけ!?」


「え、だって乗らないって……」


「乗るに決まってるでしょ!? 爺(じい)が王都行きはこれしかないって言ってるのに!」


「えっと、乗るんですか?」


 私は爺やさんの方を向くと、申し訳なさそうに頭を下げている。

 うーん、私ってこういう「爺(じい)や」とか「執事セバス)」とかに弱いんだよね……。


 ようやく走り出した馬車の中で、やっぱり文句を言い始める坊っちゃま。


「爺(じい)!」


「はい坊っちゃま」


 心得たように爺やさんが坊っちゃまを膝にのせる。

 え!? ちょっと待って、坊っちゃま爺やさんの膝にのっちゃうの!?


「かたいぞ! 爺!」


「申し訳ございませぬ」


 のせてもらっておきながら、文句まで言っちゃうの!?


 ユリウス君とマリーちゃんが何か言おうとしたのをディーンさんが止めている。うん、坊っちゃま明らかに庶民じゃないっぽいもんね。

 そしてこの中で唯一発言が出来るのは、身分制度の外側にいる「神官」の私だったりするのだ。


「あの、坊っちゃまさん? そんなにお尻が気になるなら『祈り』で何とかできるのでは?」


「妙な呼び方をしないでくれる? 僕にはミヒャエルという美しい名があるのだから」


「そうですか。それで坊っちゃまさんは、なぜ『祈り』をしないんです?」


「ミ・ヒャ・エ・ル! もう、うるさいなぁ。僕くらいになれば何もしなくても奇跡は起きるの!」


「申し訳ございませぬ、神官様。坊っちゃまは神官様に憧れてらっしゃって、特別に作らせた神官服を身にまとってらっしゃるのです」


「はい?」


 ちょっと待って。

 つまり坊っちゃまって、「神官」じゃなくて「神官のコスプレをしてるだけの人」ってこと?


「よく見てよ! 我が家の紋章も入った、神官服のような服! これすごくこだわって作っ……いたいっ!!」


 どこからか落ちてくる金のタライ。ちなみに「金」と書いて「かね」と読むやつね。

 これはもしや……。


「神々の怒りですかね?」


「な、なんで僕が……いたいっ!!」


 またまた落ちてくるタライ。

 そりゃ、資格もないのに神官のコスプレをしてたらねぇ。怒るのは神様だけじゃないと思うけど。


「なぁ、神官の真似って、詐欺じゃないのか?」

「詐欺でしょ」


 呆れ顔のユリウス君とマリーちゃんがヒソヒソと話している馬車の中、何回目になるのか坊っちゃまの「いたいっ!!」という声が響き渡るのだった。

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