28、訓練に次ぐ訓練そして肉


 馬車には幌がついていて、直射日光を浴びなくてすむのはありがたい。

 けっこう隙間があるから雨除けとしては期待できないけどね。


「お説教は終わりましたか?」


「……そうだな。これくらいにしておくか」


「ひぃ……」

「おわったぁ……」


 木で作られた座席の背もたれに、ぐったり身をあずけるユリウス君とマリーちゃん。


 お説教タイムの間のディーンさんは静かだった。

 他のお客さんもいるから、声を荒げるようだったら注意しようかと思ったけど、そうじゃなかった。ひたすら「圧」をかけられてた。

 竜族であるディーンさんの眼力でプレッシャーかけられるとか、それだけで体力奪われると思う。テオ先輩と手合わせした時のことを思い出しちゃったよ。(トラウマ)


 疲れ果てている若者二人に、追い打ちをかけるディーンさん。


「じゃあ馬車の外に出て、走りながら見張りしておけ」


「え……」

「は、走るの?」


「走れば訓練にもなる。安心しろ、魔獣が出たら俺が退治する」


 いや、二人はそういう安心感が欲しいわけじゃないと思うよ、ディーンさん。

 ユリウス君は戦士系だから体力あるだろうけれど、マリーちゃんにはキツいかもしれないけれど……。


 するとマリーちゃんが、猫のようなつり目を潤ませて私を見てくる。


「クリスさんなら分かってくれるよね? 後衛の神官が走る訓練とか……」


「そうですね。荷物を持つなど負荷をかけて走るわけでもないですし、訓練にしては軽いほうでしょうか」


「え?」


「私は訓練で、先輩神官をおぶって走るとかしてましたから。さすがにディーンさんも女の子にそれはしないと思いますけど」


 あははと笑ってみせれば、おとなしく馬車から飛び降りて走り出すマリーちゃん。慌ててユリウス君が後を追って行く。

 がんばれ、若者たちよ。


「がんばるあの子たちには、干し肉でもあげましょうか」


「む? 携帯食糧が褒美になるのか?」


「神殿の食堂で売っている干し肉なんですけど、やけに美味しいんですよねー」


 荷袋から取り出したのは、神殿名物の焼き菓子と干し肉だ。

 イアル町の神殿は、神官長の意向で聖水や護符だけじゃなく、日持ちする菓子なども売っていたりする。

 腕のいい料理人がいるおかげで菓子類の評判は良く、リピーターも多いそうだ。前世で有名だった某修道院の名物菓子みたいだよね。


 よければどうぞと差し出した干し肉を、ディーンさんが勢いよく噛みちぎる。あ、ちょっと牙が見えた! さすが竜族!


「……思ったよりも柔らかいな。塩けも強くなく、美味い肉だ」


「ですよね! 私も少し味見したら、止まらなくなってしまって」


 無表情のままなのに、なぜか背景に花が飛んでいるようなディーンさんに笑いそうになるのをこらえつつ、自分も食べようと干し肉を取り出したらずるりと「違う何か」が出てきた。


「ひっ!?」


『……むぐ?』


 取り出した干し肉に食らいついていたのは、手のひらサイズの牛……ではなく、牛の着ぐるみ姿の女神様だった。


「女神様!?」


「おい、静かにしておけ」


 ディーンさんの切羽詰まった声に慌てて口を閉じる私。

 客は私たちだけじゃない。そして、神々の姿を見れる人間はごく少数なのだ。


『やぁ、うしたんだよ』


「こんにちは、女神様。干し肉の袋に入っていたんですか?」


 ヒソヒソ声で話す私。心の声でも会話できるけど、この女神様についてはディーンさんも見えるからね。

 私の手の上で干し肉を頬張っている牛の女神様は、にやりと笑って


『そう。干し肉も、肉だからね』


 なるほど。

 うん、なるほどじゃない。


「女神様は神殿の食堂にいたのでは?」


『女神はいっぱいいる。私は牛の女神だから、うしたんと呼んで』


「あ、はい、うしたん」


 どうでもいいけど、その呼び方だと牛タンみたいじゃない? 

 まぁ、本人?が嬉しそうだから呼び方についてはこれでいいんだろうけどさ。


『我肉思う、ゆえに我あり』


 いや、小難しいことを言って誤魔化そうとしてもダメだよ。

 なんでついて来ちゃったのかなぁ……。


「肉が美味くなるし、いてくれれば助かるな」


「あ、そういう感じですか?」


「他に何がある?」


「他にって……」


『豚肉も鶏肉も、まぁまぁ美味しくなるよ』


 そう言いながら、手のひらで横になりつつアクビをしている牛の女神様。袋に入っていた干し肉は半分以上なくなっている。おお、


「荷物にならないなら、いいですかね」


「お前、神を荷物あつかいするのか……」


 呆れ顔のディーンさんだけど、私だって神様を連れ歩くとか想定していなかったよ?


『期間限定。出るのは肉がある時だけ。安心して』


 ということは、肉があれば出てくるんですね。

 






 イアル町から王都まで、馬車だと一週間ほどかかる。

 いくつかある中継地点は宿場町として栄えていて、ギルドの人たちや商人などが多く利用しているとのことだ。

 天候や道の良し悪しで野宿になることもあるけれど、今回は運良く宿のある場所で夜を過ごせそうだ。


「はぁ、疲れたぁ……」

「もう無理ぃ……」


 訓練という名のもとに走っていたユリウス君とマリーちゃんは、一刻ほどでディーンさんのお許しが出て馬車の中に戻ることができた。

 だけどその後もユリウス君は見張りをし、マリーちゃんは魔力を高める瞑想をするという訓練を続けていたため、二人とも疲労困憊といった様子。

 宿の部屋をとってくれたのはディーンさんで、ユリウス君たちは個室、私たちは二人部屋だと言われた。


 え、なんで?


「護衛としてだが?」


 え、なんで?


「同じ部屋が嫌なら、俺は廊下で寝るが?」


 え、なんで???

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