27、空騒ぎする若者たち


 出発直前。

 見送る人たちに混乱を呼び起こした私の謎言動は、ディーンさんがメインで使用する武器を披露することにより、無事に収束したのでした。


 槍使いのディーンさんは、どこぞの迷宮で見つけたという『竜の涙』という宝玉がついたすごい槍を持っていたのだ。

 普段はペンダントになるから目立たず持ち歩けるという、本当にすごい武器だったよ。


「……言動には注意してくれ、雇い主」


「はい! 反省しております!」


「……本当に気をつけてくれ」


 元気いっぱいに返事をした私に、呆れたような目で見てくるディーンさん。

 えー、返事は元気にハキハキと! でしょう?


「でもディーンさん、こんなすごい武器見せて大丈夫でした? 冒険者の隠し玉みたいなものとかだったんじゃ……」


「いつも使う武器だ。隠してはいない」


「あ、ですよねー」


 うう、なんだかすみません。

 しょんぼりしていると、大きな手で頭をぽんぽんされた。


 この世界で私は背が低いほうではないのだけど、ディーンさんは種族的に体が大きく高身長だから、自然と見上げる形になる。


「王都に着いて、時間があれば乗せてやる」


「……はいっ! よろしくお願いします!」


 秒で落ち込みから回復した私は、少し離れた場所で虫型の魔獣と戦っている二人組に目を向けた。


 王都行きの乗り合い馬車が遅れていて、急きょユリウス君とマリーちゃんのレベルを見たいとディーンさんが言ってきたのだ。

 そして二人は今、町の出入り口付近に現れた魔獣と戦っている。


 おお、頑張っているねぇ。

 ところで虫型なのに魔獣とは、これいかに? 魔虫とかじゃないのかしら?


「うぉっ、なんだこれ硬い!?」


「燃やす? ねぇ燃やす?」


「ちょ、待て、俺が離れてからにしろって熱ぅっ!!」


「あ、ごめーん」


 前言撤回。ぜんぜん頑張っていないぞ、この若者たち。


「なんだ、あれは」


「イアル町のギルドが期待している若者たちだと、マルコさんが……」


 一気に表情を険しくさせるディーンさんの視線の先には、大きいカナブンみたいな魔獣に四苦八苦している戦士のユリウス君と、魔法使いのマリーちゃん。


「マルコは信用できる男だが、アレに期待しろと言われても無理だな」


「おかしいですね。私と一緒の時は、もっとしっかりしていたんですけど」


 なんとか倒したらしい二人は、私たちが見ているのに気づいて手を振っている。

 いやダメだから。「おーい、こっちこいよー」じゃないから。


「待っていろ」


「はい」


 ディーンさんが音もなく二人の元へ走っていくと、そのまま通りすぎていく。

 ペンダントを槍にして手に取ると同時に、素早く振り抜いたそこには虫型の魔獣が真っ二つになっている。

 数秒の間の出来事だ。テオ先輩と手合わせした時も思ったけど、やっぱりディーンさんはすごく強い。竜族だからってだけじゃないような気がする。


「え、なんでだ?」


「魔獣は倒したはずなのに……」


「俺が仕留めなければ、お前たちは死んでいた」


 この世界の魔獣は、倒すと魔石や骨、場合によっては肉などを残して消えるのが常だ。

 つまり、消えない魔獣は「まだ生きている」ということになる。


「ギルドの講習で注意されていただろう? 虫型や植物型の魔獣は、完全に消えるまで油断するなと」


「はい……」


「すみません……」


 さすがに二人を庇うことは出来ない。

 私もテオ先輩から何度も言い聞かされていたし、巡礼の旅をするのは命がけだと知っているからね。


 でも、実は水の女神がこっそり教えてくれた、神々からの加護。これで私は寿命以外の死を回避するような流れになっているそうだ。

 ディーンさんに怒られている二人を見ていると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。


「二人とも、前はもっとしっかりしてたような気が……何かありました?」


「う……」


「そ、それは……」


 頬を染めるユリウス君と、なぜかモジモジしているマリーちゃん。いやいやそのリアクションはおかしいでしょ。どうしたの。

 うぉっ!? ディーンさんの眉間のシワが、シワがすんごいことになってる!?


「お前ら、何を隠している?」


 ギロリと睨んだディーンさんの視線(レーザービーム)に、震えるあがる金色と赤色のヒヨコたち。


「い、いや、隠していないっす! クリスさんがお貴族様だってこととか!」


「ちょ、バカユリウス!!」


「おきぞくさま?」


 何のことやらとディーンさんを見れば、今度は眉間に指を当てているご様子。

 うむ!! 美丈夫がそれをやると、様になって格好いいよね!!


「……町で噂になっていた。異例の早さで神官となった青年は、どこぞの貴族の落とし胤(だね)ではないかと」


「えー? 違いますよ。私の生まれは庶民ですし」


「マルコも言っていたぞ。前は何をやっていたなども話したがらなかったと」


「あー、まぁ、それはそうなんですけど……」


 だって異世界で女子だった私がイケメンになったとか、言えないですしおすし。


「それに! ソロの高ランクで活躍しているディーンさんが護衛とか、明らかに平民じゃないだろうって!」


「姫を護る騎士みたいで萌えるって、雑貨屋さんのお姉さんと盛り上がって!」


 いやいや姫だったら騎士団のところに出没する女神が……いや何でもないです。

 そもそも私は男(の体)だから、姫にはなれませんよ?

 ところでこの世界にも、萌えの文化ってあるの? ……うん、ありそうだよね。そういう神様いそうだよね。薄い本の神とか。


『さ、さすがに薄い本の神は……居ないわよ?』


 あ、そうなんだ。ちょっと残念。

 水の女神の「間」が気になるけど今は置いておくとして。


「ええと、ディーンさんは『たまたま』王都へ行く用事があったそうです。だから深い意味はないんですよ。……ね? ディーンさん?」


「……ああ、そうだ」


 わぁ、すっごい不満げな顔してるぅ!!

 でも本当の話をするわけにはいかないでしょ? とアイコンタクトを送れば、渋々といった様子でうなずくディーンさん。


「俺は基本、護衛の仕事はしない。しかし神殿からの依頼はギルドでの信頼度が高くなるから受けておくに越したことはない」


「あ、そうなんですね」


「断ろうとしたらマルコに説得された。神殿の依頼は極力受けてほしいと」


「すんません、俺ら浮かれちゃって……」


「……次は、気をつけろ」


 他にも何か言いたげだったディーンさんだけど、口を閉じて町の方を向く。

 そろそろ乗り合い馬車の出発時刻が近づいている。


「続きは馬車の中で、だな」


「うう、了解っす……」


「わかりましたぁ……」


 貴族だろうが何だろうが、任務中はしっかりとしないとね。

 ユリウス君とマリーちゃんは、後にひかえているであろう説教タイムに怯えているようで涙目になってる。

 がんばれ若者たち!!




 あと、酔い止めって持ってる?

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