26、アレは二人っきりの時にね


 どこからどう見ても人間にしか見えないディーンさんは、なんと竜族という種なのだと言う。

 竜。ドラゴンじゃなく、竜。

 そこにロマンを感じる世代の私であります。


「エリーアス神官長から借りた本にありました。神々が地上にある美しいものを守るため、竜が創られたのだと」


「まぁ、伝承ではな」


「違うんですか?」


「俺らの本能みたいなもんだ。迷宮の奥底に眠る秘宝を護る竜もいれば、山奥にある精霊が好む清らかな湖を護る竜もいる。何が美しいかを決めるのは竜の価値観によるってことだ」


「なるほど……」


 いつになく饒舌に話すディーンさんは、穏やかな笑みを浮かべている。

 これは、もしや……私に心を開いてくれているやつでは!?

 例えるならば。

 懐かない野生動物が、やっと手から餌を食べてくれたみたいなやつ……!!


「まぁ、俺は呪いだの何だので今はそれどころじゃない。神殿の依頼を受けたのは、呪いが発動しないことが分かったからだしな」


「つまり?」


「俺にとって気を抜ける時間が持てるってことだ。まぁ、護衛仕事は長期休みってところか」


「護衛仕事は長期休み」


「人ひとり護るなぞ、竜は寝ててもできるぞ?」


「だけど、迷宮で秘宝を護る竜が倒されることもありますよ?」


 竜に関する本には、色々な竜との戦いについても書かれていた。

 ちょっと心配になった私がディーンさんを見ると、呆れ顔で返された。

 

「あれは『秘宝の側から動けないから』だろう? 強敵ならば、お前を抱えて逃げればいいだけだ。それに迷宮の竜は倒されても死ぬことはない」


「え? 迷宮だと死なないんですか?」


「あれは神の気まぐれで仕事を請け負った竜がなるものだ。秘宝が気に入ったら迷宮に取り込まれる。迷宮に飽きたら、別の竜に引き継ぐことも可能だ」


「わりと自由だった!?」


 思わぬところで竜と迷宮の関係性を知ってしまった。

 ちなみに迷宮というのは、迷宮の神が創ったとされる魔獣と宝が入り混じる、ロマンあふれる場所らしい。


「とにかく、お前の秘密は、まぁ……今は聞かないでおく。とにかく俺が竜であることと、呪い持ちだということを話したかった」


「そうですか。秘密を教えてくれてありがとうございます」


「お前のことは絶対に護る。道中は安心してくれていい」


「は、はい」


 日中のほとんどが無表情だったディーンさんが、口元を緩めてコクリと頷いただけで直視出来なくなってしまう。

 なんというか、そんなイケメンなセリフを私に言うとか、大丈夫なのか? お姉さん心配になっちゃうよ? いや今はお兄さんだけれどね!(混乱)


 なぜか内心慌てている私を知ってか知らずか、ディーンさんが問いかけてくる。


「テオドール殿が早く出発したほうがいいと言っていた。いつ神殿を出る?」


「なるべく早いほうが良さそうですね。明日準備で明後日はどうです?」


「歩くのか?」


「はい? 歩きますけど?」


 この世界の交通は徒歩か馬車だ。


「俺が乗せていけばいいだろう?」


「え!! 竜の姿を見せてくれるんですか!?」


「あ、ああ。二人で行くなら、大丈夫だろう?」


「わぁ!! 楽しみです!! ありがとうディーンさん!!」


 喜びを爆発させて飛びついたら、そっと距離をとられてしまった。

 ちょっと、さっきのイケメンっぷりはどこにいったのさ……。







 そして出発当日。

 心なしか顔色の悪いディーンさんと私は、神殿前で挨拶をしている。


「ディーンさん? 体調が悪いんですか?」


「いや、夜通しで『付き人として百の心得』とやらを叩き込まれていた」


「ええ? 自分のことは自分でやりますよ?」


「誰かの目がある時に対応できないと、お前が恥をかくと言われてな」


 竜だから毎日寝る必要はないと言っていたディーンさんだけど、さすがにルッツ君の「詰め込み教育」はキツかったらしい。

 それより竜の体力があっても辛いという、ルッツ君の教育とは一体……。


「なんとか及第点まで持ち込めましたが、まだまだ足りません。教本を持たせてますから道中もしっかり勉強するように」


「……わかった」


 ルッツ君に対して素直にうなずくディーンさん。

 それはきっと、彼が泣きそうなのを必死に堪えているからだろう。


「ありがとうルッツ君。私が戻った時に、神官になった君と会えるのを楽しみにしてるよ」


「うう、クリス神官……」


 とうとう涙腺が崩壊したルッツ君を宥めていると、神殿の外からテオドール先輩が女性と……じゃない、騎士の女神と共に来てくれた。

 いや、私を見送るスタイルで、テオ先輩の顎髭あごひげをうっとりと見ている。この前も思ったけど、この女神さてはひげフェチか?


「いよいよ出発ですね、クリス」


「テオ先輩、騎士の女神様、お見送りありがとうございます」


「エリーアス神官長は?」


「王都に用があるとかで、しばらく前から留守にしているんです」


「そうでしたか……おや、あれはギルドの」


「あれ? マルコさんと……」


 笑顔のマルコさんの後ろに見えるのは、金髪の剣士とと赤髪の魔法使いで。


「クリスさん! 久しぶりだな!」


「こんにちはー」


 二人は以前、ギルドの貢献度を上げるために一緒に行動した冒険者で、その時の私は神官であるにもかかわらず「やらかした」過去があるのだけど……。

 え? わざわざ私のお見送り?


「実は、この二人も王都に届け物をする依頼を受けてまして、こちらとしてはクリス様とディーン様に同行していただけると心強いのですが……」


「マルコさんに、俺ら二人でも大丈夫だって言ったんだけどさ」


「高ランクのディーンさんが護衛するの、今後のために見てみたいなぁって」


 なるほど。マルコさんは将来有望な彼らに、高ランクのディーンさんの立ち振る舞いとかを見せたかったと。

 うん。そうか、そうだよね。

 でもそういうことになっちゃうと……。


「アレは、また今度になるな」


「ですよね……うう……」


「アレって何ですか?」


 しょんぼりから回復したのか、ルッツ君が不思議そうに私たちを見る。


「えっとディーンさんが竜……」


「おい」


「じゃなくて、えっと、二人っきりの時にディーンさんが大きくなったのを見せて……じゃない、大きいディーンさんを……じゃなくて、ええと」


「おい」


 おかしい。竜という部分を隠すと、なんだかおかしなことになる。

 アワアワしている私を見て、ルッツ君とテオ先輩から冷たい何かが漏れ出してきている。


「ディーンさんがすごいのを見せてくれる???」


「おい、もう口を閉じろ」


 言葉って難しい!! 難しいね!! あははは!!

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