高ランクギルド員ディーンの事情


 何かされた、というのは分かった。


 やたら香水くさい魔女がすり寄ってきた不快感に耐えていた俺は、依頼の対価として「一夜の相手」を提示され、思わず「悪いが金を貰っても断る」と返したのがいけなかったのだろう。

 罵声を浴びせる魔女を放置し、俺は旅を続けることにした。


 今になって後悔している。

 あの時、もっと魔女について知っておくべきだったと。




 竜族は人気の少ない山や、海の底、森の奥などに集落を作っている。

 世界の果てから果てへの移動は、竜の姿であれば苦ではないため、集落同士のやり取りは頻繁に行われていた。

 成人した竜は数百年に一回ある発情期に備え、つがいとよばれる伴侶を探し夫婦となる。

 例に漏れず、俺も伴侶を探すため各集落を回ったのだが、自分の番は存在していなかった。もちろんまだ産まれていない可能性もあるため、新たな竜が誕生するたびに集落へ行くのだが未だ見つかっていない。


 竜族の長に相談したところ、魔女を頼るよう助言を受けた。

 そこで人里にある職業斡旋所ギルドで魔女の情報を集めることにした。

 魔女は人と違う存在であり、住んでいる場所などが隠されていることが多い。人づての噂はギルドで集まり難いため、各地を回って自力で集めることになった。




「ここまで悪意が魔獣を集めるとは……」


 呪いを受けてから数年。

 竜族の中でも強い力を持つ俺でも、さすがに疲れていた。

 悪意そのものは脅威ではないため『竜の力』をもってしても感知できない。だから目に見えない悪意を集めないよう、日をおかずに動く必要があった。

 集落に帰ることも考えたが、つがい探しをやめるわけにはいかない。発情期に番のいない竜は狂うからだ。


 最初の数ヶ月ほどは分からなかった。しかし通りすがりの神官に「悪い気を集めてますよ」と言われ、親切な彼の紹介してくれた魔女から呪われていることを教えてもらった。


「呪いをかけた魔女も探す必要があるとは……」


 魔女の呪いは特殊で、魔女自身が解呪するか、どちらかが命を失うことで効力がなくなる。

 呪いの原因だった魔女は、香水くさいという特徴だけで「カザハネ」という名だと判明したのは幸いだった。

 基本、彼女たちは住所不定のため『魔女の連絡網』で呼び出したらしいが、返事を聞く前に旅に出ることになってしまった。


「あの親切な魔女からの連絡を待つか、自力で探すか……」


 それでもずっと気を張っていたため、体力はともかく精神力が限界に近い。

 集まった悪意により発生した魔獣を退治し、被害をうけた人を助け、ギルドに都度報告を入れる。

 すべてが自分の原因であるわけではなかったが、無関係の人間が巻き込まれることだけは避けたかった。

 こうして疲労困憊の俺が辿り着いたのが、年に一度は立ち寄る「イアル町」だった。




「ああ、ここは楽だな」


 さすがに感知できない悪意という存在に、最近は多少なりとも敏感になってきていた。

 そんな俺が、ここまで空気を軽く感じる町は珍しい。


「前に来たときは、ここまででは無かったと思うが……」


 町の中心に近づくにつれ空気が清浄になっていくのが分かる。疲れている体が軽く感じる、これはまるで……。


「呪われる前のようだ」


 この清らかな空気の原因が判明したのは数日後のことだ。

 行方不明となったギルド員の捜索依頼を受けた俺は、怪我人を見つけ救出した。

 そして運び込んだ所で、俺は出会ったのだ。


 艶やかな銀色の髪は美しく、宝石のような紫の瞳は煌めき、細身ながらも鍛えてあるだろう均整のとれた肉体を持つ青年。

 美醜に囚われない竜族である俺が、素直に「美しい」と感じた。

 何よりも、彼のまとう空気の清らかさは何だ? 

 本当に人なのか? 精霊や妖精ではなく?

 

 感情が追いつかず、かなり無愛想に対応していたと思うのだが、彼は嫌な顔をすることなく笑顔で話してくれた。

 外見からは想像できない彼の気さくさに、俺は驚くばかりだった。

 雑貨屋で下着について熱く語る彼には若干引いてしまったが……。




「驚きました。ディーン様が長期依頼を受けるとは」


「……アレは特別だ。マルコには分かるだろう?」


「貴族の落とし胤(だね)かもしれないという噂ですか?」


「……それもあるが」


 彼のまとう空気は、ある種「異常」だ。

 おおよそ人の持つ悪いものが見当たらないどころか、周りの人間をも清らかな心にする作用がある。大悪党と呼ばれる人間でも善人になるような、神気すら感じる。


「確かにクリス様は特別だと思います。神官でなければ、多くの女性から求婚されるでしょうね」


「……神官じゃなければ、の話だ」


 なぜか面白くない気分になる。

 うまくは言えないが、大事にしていた綺麗な布に泥をつけられたような。


「珍しいですね。ディーン様が感情を表に出すなんて」


「俺だって喜怒哀楽くらいある」


「よく言いますよ。ほとんどが無表情じゃないですか」


 表情に出ないのは竜族だからだ。俺たちは大きな力を持つがゆえに、感情を揺さぶられることはあまりない……いや、ひとつだけあったな。


「……宝石アメジストか」


「え?」


「いや、何でもない。教会からの依頼は受けておいてくれ」


「わかりました。クリス様の護衛、よろしくお願いします」


「ああ」


 いつもは事務的な対応をするマルコが、やたら丁寧なのは彼のせいだろう。

 彼の『奇跡』で怪我や病気を治癒された者たちからも、護衛の話を聞いたのか俺に声をかけてきたからな。

 恐れられることが通常の俺に声をかけるとは……まったくあの人たらしには困ったものだ。




「なんだか楽しそうですね、ディーンさん」


「そうですか? いつもの仏頂面にしか見えませんけど?」


「失礼だよ、ルッツ君」


「はーいすみませーん」


「ルッツ君!」


 ほら、こうやって俺の感情をたやすく読み取るところも。

 まったく困った宝石だ。




 ……まぁ、この宝石は隠しておくよりも外にあるほうが輝く。

 せいぜい竜の本分で護らせてもらおうか。

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