25、内緒話からの暴露話
就寝前、私の部屋にディーンさんが来た。
ルッツ君が自室に下がったタイミングで来たということは、もしや……。
『夜這い?』
いや違うでしょ。
今の私は女じゃない。心はともかく体は男だからね。
『この世界は同性での結婚もできるわよ?』
それは座学で教わったから知ってるよ。
神々の圧倒的な多数決によって定められたって、本に書いてあったよ。
『あらあら、うふふー』
何かを誤魔化すような彼女の声に苦笑していると、目の前にいるディーンさんが不思議そうに私を見ている。
水の女神の声は私にだけ聞こえるようだ。
「すみませんディーンさん、お茶でも飲みますか?」
「いや、いい。少しだけ話したいことがあった」
「話したいこと、ですか?」
「俺がこの町に長く滞在した理由だ」
「長く滞在……ああ、なるほど」
ディーンさんはひとつ所に長く留まらず、常に動いていると
今回は長く滞在している理由は、たぶんこれだろう。
「下着の入荷待ち、ですね?」
「違う」
そ、そんな馬鹿な!?
私と一緒にフンドシの良さを広めていこうと、誓い合った仲じゃないか!!
「それ以外の原因があるとでも!?」
「下着の予備はたくさん持っているし、急いで必要としているわけじゃない」
「え、たくさん持っているんですか? 見せてください! どんなのか見たいです!」
「……下着の話はともかく」
あ、話をそらされた。
確かに同性とはいえ「下着を見せてください」は無いよなぁとは、ちょっとだけ、ちょっとだけ思ったんだよ?
でも、あの雑貨屋にあるフンドシは入荷するたびに柄や素材が違うみたいだし、気になるじゃん? ちょっとした好奇心ってやつじゃん?
ディーンさんは艶やかな黒髪をくしゃりと掻きあげて、小さく息を吐き出す。
こう見ると整った顔に、鍛え抜かれた肉体を持つ美丈夫なんだけど、不思議なことに彼から「雄」を感じない。
つらつら考える私をチラリと見て、ディーンさんはゆっくりと話し出す。
「ギルドのマルコから聞いていないか? 俺の噂を」
「ええと、呪い持ちだって噂ですか?」
「ああ、そうだ。確かに俺は呪いをかけられている」
「それは……教会で解呪できないもの、なのですね」
「そうだ」
私の護衛にディーンさんをつけたのは、エリーアス神官長の采配だ。
彼の噂や諸々を加味した上での決定だと思うのだけど……。
「なぜ今、その話を?」
「……お前も、秘密を持っているからだ」
「秘密?」
「とぼけるな。こう見えて俺は、この町の領主とも顔馴染みだ」
「はぁ、それはすごいですね?」
少し苛立っているようなディーンさんに、私は首をかしげることしかできない。
「お前の銀色の髪と紫の瞳は、貴族に連なるものだろう?」
「はぁ?」
やばい。最初から話を聞いているはずなのに、なぜか話についていけてない感じがする。
貴族に連なる、とは?
「この町を治めるフェルザー家は、代々銀色の髪を持つ者が当主となっている。高い魔力を持ち、特に氷の属性を得意としているとのことだった」
「私、魔力を持ってないですよ?」
「なに?」
「神官なので『奇跡』は起こせますが、魔力は関係ないですし……」
「そう、なのか?」
うん。ディーンさんの話で納得した。
町の人たちや、神殿の人たちが私を遠巻きにしていた理由。
「私、貴族じゃないですよ?」
「……そうか」
ディーンさんが納得してくれたか不明だけど、とりあえず私の言葉にうなずいてくれたから、今はそれで良しとしよう。
それよりも、ですよ。
「ディーンさんの、呪いってなんですか?」
「ああ、たちの悪い魔女に呪われた」
「え? 魔女にですか?」
この世界には「魔女」と呼ばれる存在がいる。
魔力を操作して事象を起こす「魔法使い」とは違い、女性にしかなれず、血筋や資質に左右されることが多い。
人とは違う存在とされており、長生きするとか短命だとか、彼女たちの実情は詳しく知られていない。
世間一般での魔女のほとんどは、人々から受け入れられている。なぜなら安価で上質な薬を作れるからだ。貴族だけでなく庶民からのウケはとてもいい。
ただ、とてつもなく気まぐれだ。
座学では呪いの多くは魔獣から受けることがほとんどだって習ったけど……ああ、なるほど。そういうことでしたか。
「だから俺の呪いは、教会で解呪できない」
「どのようなものか聞いてもいいですか?」
「……人の悪意に反応する。悪意を持つ人間が多くいると、俺の周りで魔獣が発生しやすくなる呪いだ」
なるほど。
ギルドにはどう伝わっているのか分からないけど、ディーンさんは呪いのせいで魔獣の発生する現場に行き合わせることが多いのだろう。
「それで『人助け』ですか?ディーンさんは優しい人ですね」
「優しくはない」
なるほど。
神々が、私の護衛にディーンさんを勧めた理由はそういうところなのかな。お人好しというか、なんというか……。
「それにしても、なぜディーンさんは魔女に呪われたんです?」
「俺が魔女に反応しなかったからだ」
「反応?」
「……女性として、魅力的に見えなかった」
「ええ? 魔女なのにですか?」
ちなみに、魔女のほとんどは美人が多く、スタイルもボインボインのバインバインだという話は多く残されている。
ほとんどの男性は、魔女を前にすれば魅了されるとのこと。
それが問題になるかといえば、ならない。彼女たちは独り身の恋人のいない男性のみを誘惑するからだ。しかも害はない。魔女と番う人間の男もいるという話も聞く。
「俺は種族的に番う相手がいなければ発情しない。それを魔女は知らずに誘惑し、俺が反応しないからと自尊心を傷つけられたとかで呪ってきた」
「あの、その人はどこに……」
「旅をするついでに探していた。一つのところに長く滞在できないからな」
「私の護衛とかしてて、大丈夫なんですか?」
「それだ。お前の周りにいると、悪意が消えている」
「悪意が消える? 神殿だからでしょうか」
ディーンさんは首を横に振ると、私を真っ直ぐにみて口元を緩める。
「確かに神殿で悪しき感情を持つ人間は少ないが、お前は別格だ。清らかであり、神気さえも感じる時がある」
「神気……なるほど」
そりゃ感じるでしょうよ。
『ハルは神々の注目度、ナンバーワンだものねぇ。私を含め』
常に神々と気軽に会話している私だもの。なんかしら出てるかもだよね。
ん? ちょっと待って、種族的?
「ごめんなさい、ディーンさんの種族って聞いても大丈夫ですか?」
「ああ、ここだけの話にしてほしいのだが、俺の種族は竜だ」
「へ?」
「竜族だ」
「ふえええええ!?」
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