20、変な人とはつまり変人ということで
魔獣には色々な「
弱点も喉や心臓ではなく核と呼ばれる部位であり、狼型は尾の付け根部分にあるとテオ先輩が教えてくれた。
そして実戦となった今、向かってきた魔獣の牙に向けて左の拳を突っ込む私。
動きがとまったところで手刀を放つ。
「ギャイィィィン!!」
核にダメージを受けたのか悲鳴をあげる魔獣に、思わず舌打ちする。
テオ先輩じゃあるまいし初戦闘で狼型を一撃で仕留めるなんて、しょせん無理な話だったんだ。
ああもう! 心の中にある乙女?が悲鳴をあげている!
魔獣の口に手を入れるとか嫌すぎるうううう!!
「クリスさん!?」
「とどめを!!」
ユリウス君に声をかければ、さすがは中級ランク。
動きの鈍くなった魔獣をひと振りで倒してくれたよ。ぐぬぬ。
「ちょ、手、大丈夫なの!?」
「大丈夫ですよ。籠手を付けているので」
「そういう問題じゃない! それにあなたは神官なんだから、前に出ちゃダメでしょ!」
プリプリ怒りながらも、マリーちゃんは魔法で水を出してくれる。
手が魔獣の何かでベタベタしてたからありがたい。
「ありがとうございます」
「べ、別にこれくらいの魔法、大したことじゃないわよ」
笑顔で礼を言うと、顔を赤くして照れるマリーちゃんがカワユス。ツンデレ要素ありの強気な女子とか、ユリウス君はヒロイン運に恵まれているね。
魔獣を倒すと体は塵となって消えてしまうが、血や体液、そして核を残すことがある。
狼型の魔獣は集団じゃなければ低ランクでも倒せるし、核も小さいものが多い。
土をかけるなどして、地面に散った魔獣の血を始末したユリウス君が、申し訳なさそうに戻ってくる。
「ごめん、クリスさんに戦わせちゃって」
「何言ってるのユリウス。注意しないといけないのはクリスさんでしょ」
「バカ! あの場で俺らが動いたら三人とも危なかった」
そうなのよー。
不意打ちで襲撃されたから、事前の打ち合わせがまったく役に立たなかったんだよね。
ほっぺ膨らませたマリーちゃんが不満げに、杖で地面をグリグリしている。ユリウス君に怒られたのがご不満らしい。
「それよりも、気配が感じられなかったことが問題だと思いますよ」
「問題?」
「この魔獣がどこからか渡ってきたものではなく『ここで発生した』ということではないか、ということです」
「それって……魔獣の発生する分布が変化したということか?」
私の言葉に顔色を変えるユリウス君。横で膨れていたマリーちゃんも事の重大さを認識したみたいで、真剣な表情で私を見る。
「クリスさん、急いで報告しないと。マルコさんならすぐ動いてくれるし……私たちの依頼を達成させるよりも、今は報告を優先すべきだと思うの」
「そうですね。戻りましょう」
さすが中級ランク。優先順位をしっかりと認識できるのは素晴らしい。
ユリウス君も力強く賛同してくれたから、私たち即席チームは戦闘一回終えたところで町に戻ることにした。
いつも穏やかに微笑むマルコさんが、私たちの報告を聞くにつれて表情がこわばっていく。
魔獣の分布は
その分布が変化したということは、どこに何が現れるのかを再度調べる必要が出てくる。
ギルドに戻った私たちは、受付のカウンターにいたマルコさんをつかまえると、すぐに報告をしたのだけど……。
知識として知ってはいるけれど、予想以上に厄介事みたいだ。
「今回の依頼については、この報告をもって達成したということになります。ご心配なく」
「それはありがたいけどさ、魔獣の調査はどうするんだ? 出来る限り協力するけど、この町は高ランクどころか、俺らみたいな中級ランクがほとんどいないって聞いてるぜ?」
「現在、幸いにも高ランクが一名おります。協力を願い出てみます」
高ランク……ディーンさんのことかしら?
ユリウス君たちが驚いているところを見ると、高ランクって珍しいのかな?
「珍しいなんてもんじゃないよ! ここら辺は、俺らみたいな中級ランクがいるのも珍しい場所だぜ?」
「そうね。中継地点にすることはあるけれど、滞在することはほぼないわね」
「身内でもいるのか?」
ディーンさんがこの町にいる理由なんて……まさか、雑貨屋さんのフンドシ目当てじゃないだろうとは思うけど……。
マルコさんは難しい顔をしたままだ。もしやと思って聞いてみる。
「もしかしてですが、その高ランクの方に協力してもらうのは難しいのですか?」
「はい、人助けはしてもらえるのですが、長期に渡る仕事はほぼ受けてもらえないのです」
そういえば神殿の依頼も受けてくれないって話だったよね。
長期の依頼だからかな? 神官長が私の護衛を頼みたいとか言ってたし。
「何それ。高ランクだからって仕事選んでるの?」
「おいマリー、その人にも、何か理由があるかもしれないだろ」
「でも、これ緊急案件でしょ? 急がないと町を行き来している商人さんとかも危ないかもなんだから!」
ぷりぷり怒るマリーちゃんを宥めようとした時、私たちの上からバリトンの良い声が降ってきた。
「魔獣の分布は元に戻る。だが、数日は低ランクを町の外に出すな」
「ディーンさん?」
見上げれば高身長の黒髪男性が、ジッと私を見ている。
すると果敢にもユリウス君とマリーちゃんが、彼の視線を遮るように私の前に出てきた。
大丈夫だよ、ディーンさんとはフンドシ仲間だから。怖い人じゃないから。
「……怪我は無いか?」
「おかげさまで。それに私は神官ですから怪我をしても治せますよ」
「治せるからと、怪我をして良いわけじゃないだろう」
さらに低音になった声に、なぜか前にいたマリーちゃんが「そうよ!」と反応する。
「この人の言う通りよ! クリスさんったら左手を魔獣の口に突っ込んだのよ? もう、ほんと信じられないわ!」
「なんだと?」
目にも止まらぬ早さで間合いを詰めてきたディーンさんは、私の左手をそっと持ち上げる。一瞬の出来事に、ユリウス君とマリーちゃんは呆気にとられている。
「あの、籠手をしているので、怪我はない、ですよ?」
「……」
「ディーンさん?」
「……お前、何も感じないのか?」
「はい?」
はたから見れば、かなりおかしい事になっていると思う。
銀髪神官の青年の手をとる黒髪の戦士、そして見つめ合う二人。
「おいアンタ! いい加減クリスさんの手を離せよ!」
「……」
ユリウス君の言葉に、無言で離れていくディーンさん。
そしてまた近づいてくるディーンさんに、私を守ろうとユリウス君とマリーちゃんが一生懸命壁になろうとするけれど間に合わない。
いやいや何なの? どうしたの? なんでジッと見てくるの???
「あの……」
「……やはりそうか」
何を納得したのかコクリと頷いたディーンさんは、マルコさんに声をかける。
「依頼を受けると神殿に伝えておいてくれ。そして魔獣の分布については本部に俺の名前を出して問い合わせるといい」
「え、あ、はい! かしこまりました!」
そう言ったディーンさんは、そのままスタスタとギルドを出て行ってしまった。
……ええーっ!? どういうことーっ!?
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