19、まずは深呼吸から平常心に



 まぁ、ディーンさんが神殿の依頼を断る気持ちも分かる。

 依頼内容を聞いたところ、契約更新の期間が一年単位だったり、行動にいくつか制約があったからね。

 ディーンさんみたいな自由業?の人にとって、面倒としか思えない依頼だろうな。


 神殿としては、何度かオファーするみたいだけど、果たしてどうなることやら……。

 私がちょっと顔つなぎ出来たけれど、好印象を与えたとは思えないからなぁと神官長に言ったら、ルッツ君が「そうでもないですよ。あの様子じゃ時間の問題です」と不機嫌顔で言ってた。

 どうやら人助けでお金稼いでいる、というのが気にくわないらしい。若いね。







 そんなやこんなやで、今の私はギルドにいる。

 神殿あての依頼消化をするためだ。


 エリーアル神官長が言うには、巡礼神官への推薦はしたものの「貢献度」が足りないとのことだった。

 他の見習いたちより早く神官になった私は、そこを思いっきりスルーしてしまったのだ。

 本来は見習いがやることを、私がまったく手を付けてなかったのが悪いのに、ルッツ君は「クリス神官は免除で良いと思います!」などとプリプリしてたから、落ち着かせるのが大変だったよ。

 


「では、夕刻に迎えに来ますから、一人で町を出歩かないでくださいね」


「わかっているよ」


「……では、お気をつけて」


 手を振る私を何度も振り返って、神殿に戻っていくルッツ君。

 そんなに心配なの? 君は私の親なの?


「ルッツさん、すごく心配してたなぁ」


「私たち、それなりに強いんだけど」


 私の横で苦笑している若者たちは、今回の依頼主でもある。

 金髪碧眼の剣士ユリウス君と、赤髪赤目の魔法使いマリーちゃんだ。


 うーん、悪い子たちじゃないのは分かっているんだ。

 ただ、甘いマスクのユリウス君は「初心者勇者」っぽいし、ちょっと気の強そうなマリーちゃんは「勇者の幼なじみ」っぽくて、なんともいえない気持ちになる。

 なんと言えばいいのだろう。

 彼らから「ラノベのテンプレ」の匂いがするというか、フラグが立つ不安というか……。


「さぁ、行こうぜ! クリスさん!」


「町の近くなら弱い魔獣しか出ないし、私たちに任せてね!」


 うーん、悪い子たちじゃないんだけどなぁ。






 依頼内容は、町周辺の魔獣狩りだ。

 マリーちゃんの言ったとおり、町の近くに生息する魔獣は弱い。それでも増えたら面倒なことになるから、定期的に駆除しているとのこと。

 いつもなら初級ランクのギルド員が受ける依頼を、今回は中級ランクのユリウス君とマリーちゃんが受けることになったのは……。


「うっかり防具を壊しちゃってさ、直すのにお金が必要だったんだ」


「依頼が初級しかなかったけど、受けられるだけ良かったわ」


 日帰りの初級の依頼だから荷物は最低限。

 それでも何が起こるか分からないから、非常食や着替え、ナイフや火おこしという必須道具は持ってきている。

 考えてみたら巡礼旅するのが目標なのに、旅慣れてないとか良くないよね。経験を積んでおくことは大事だから、こういう依頼は積極的に受けておかないと……反省反省。


 そういえば町の門から出たのって、この世界に来てから一度もないのでは?

 エリーアル神官長とテオ先輩の囲い込みが半端なかったからなぁ……いや、女神様たちが過保護だったからかな?


 私の仕事は、ユリウス君とマリーちゃんが怪我をしたら『神の奇跡』で回復させることと、周りを警戒すること。

 見習いを含め、神殿で修行をしている人間は悪意や害意というものに敏感になる。斥候スカウト狩人レンジャーも危険を察知する能力は高いけど、神官になれば『神の奇跡』によって危険を予知することもできたりするから、かなり重宝されるそうだ。


 でも私、初心者オブ初心者だから、神殿にいる見習いの人たちよりも使えないと思うんだよね。

 ユリウス君たちが中級ランクで、今回かなりラッキーだと思っている。


 町の周辺は草原が広がり、遠くに森が見えている。

 天気もいいし風景は長閑でピクニックみたいな気分になりそう。でもいつ魔獣が出るか分からないから、警戒はしっかりしておかないと。


 イアル町の周辺は平和で魔獣もそこまで強くないから、戦士職のギルド員が少ないってマルコさんがぼやいてたっけ。


 あれ、おかしいな?


「ここら辺って、弱い魔獣しか出ないんですよね?」


「兎型が多いかな。今日は全然出てこないけど」


「何か気になることとかあるの?」


 マリーちゃんは魔法使いらしく杖を構えながら私を見る。杖は魔法を使うためじゃなくて打撃用らしい。まさかの物理だったよファンタジー。


「この前、狼型の魔獣に襲われた人を治療したから、どこだったっけ……って……」


 ぶわりと背中に悪寒が走った私。

 体が勝手にユリウス君とマリーちゃんの襟首をつかみ、そのまま横に放り投げる。


「なっ!?」

「きゃっ!?」


 身を低くすると、大きな影が私の上を飛び越えていった。


「狼型!?」


 驚くユリウス君に気を配る余裕はない。

 目の前で唸り声をあげている狼型の魔獣から目を離さず、まずは間合いをとることに集中する。


 テオ先輩からは対人戦だけじゃなく、対魔獣の戦闘訓練を受けている。

 でもまさか、しょっぱなから中級以上の魔獣を相手にすることになるとは……。


 まだ、大丈夫だ。

 この一頭以外の気配は感じられない。

 群れになった狼型の魔獣は、上級ランクでも数人は必要になるから。


 そして、ユリウス君たちと連携をとりたいけど、今の状態だと私が声を出したら一気に襲いかかってきそうな気がする。


 魔獣から目をそらさない。

 静かに浅く呼吸をして息を整える。

 平常心かつ冷静に、




 踏み出す。

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