18、大丈夫って言われても安心できない


 朝、起床と同時に『祈り』を口ずさむと、サイドテーブルにある水差しを手にとりカップに水をそそぐ。


「……ふぅ」


 毎朝の(下半身)恒例行事がこれでいいのかと思いながら、カップに入れた水を飲み干すと、軽くストレッチしてから着替えることにする。


 前の私は早起きが苦手で、朝食を抜いて通勤時に貧血で倒れたりと、不健康きわまりない生活を送っていた。

 でも今は違う。この世界に来ることによって得た筋肉のおかげか、健康的で清く正しい生活を送れている。やはり筋肉は正義なんだね。女神たちに感謝のお布施をしておこう。


『お布施より話しかけて欲しいわー。強く祈ってくれれば他の神様にも繋がるから』


「じゃ、夜にでも」


 神官になったことによって、部屋がグレードアップした。

 見習いの時はワンルームでシャワーとトイレつきだったけれど、神官になったら寝室と別に、居間と簡易キッチンがついた。

 お茶セットがあれば部屋でお茶を飲めるの嬉しい。おいしい茶葉を探したいけど、どこにあるんだろう? あの雑貨屋さんにあるかな?

 さらになんと、この部屋はシャワーだけじゃなくバスタブも付いているのだ。しかも猫足の可愛いやつ。

 肩まで浸かるのは難しいけど半身浴なら余裕だよこれ。英国式っぽいのがテンションあがるね。泡風呂とかしてみたいけど……これも雑貨屋さん案件か。


 つらつら考えながら居間に入ると、ルッツ君がテーブルをふいてくれている。


「おはようルッツ君、早いね」


「おはようございます。いえ、この時間から動かれるクリス神官のほうが早いと思いますよ」


「無理に合わせなくてもいいからね?」


「いえ、自分はこの時間なので……それよりもどちらへ?」


「水汲みと訓練だよ」


 テーブルを拭いていた手をとめたルッツ君は、不思議そうに私を見た。


「訓練、ですか。どのような?」


「テオ先輩が毎日やってるのを真似しているよ」


「……は?」


「神官になるためは必須みたいで、身体能力の強化をするために朝の訓練だけは毎日やっているよ。なかなかテオ先輩みたいにムキムキにならないんだよねぇ……」


 腕に力を入れてもテオ先輩のように力こぶが出来なくて、まだまだ修行が足りないとため息を吐いてしまう。

 異世界ムキムキ無双への道は長いらしい。


「何を言っているのですか……テオ先輩とは、テオドール神官騎士のことですよね? 彼の訓練を毎日行なっていると?」


「おかしいかな?」


 信じられないものを見るような目を向けてくるルッツ君に、なんだか変なことをしているような気持ちになってくる。

 それでも「なんかやっちゃった感」まではいかないと思うのだけど。


「普通の神官に、神官騎士ほどの訓練する必要はありません。クリス神官だから必要なのかもしれませんが……」


「そうなの? あ、私が目指しているのは『巡礼神官』だから、もしかしたらそのせいかも?」


「なるほどそれで訓練を……って、そんな訳ないでしょう。確かに身を守る術は必要ですが、テオドール神官騎士ほどの武術は必要ないはずです」


 マジすか。

 テオ先輩が笑顔で「こんなんじゃまだまだ外には出せないねっ☆」なんて、毎回いい笑顔で煽ってくるものだから、すっかり極める気満々だったよ。


「まぁ、悪いことじゃないだろうから訓練は続けるよ。ルッツ君も……」


「自分は遠慮します」


 えー、けっこうやるとスッキリするんだけどなぁ。

 それにしてもテオ先輩の訓練ってそんなにひど、キツいものだったんだね。さすが国内で最強さいつよと言われる騎士だね。ははは。







 水汲みと訓練を終わらせた私は、ルッツ君からタオルを受け取って一度自室に戻る。

 軽くシャワーを浴び、食堂で朝食をとったところエリーアス神官長からの呼び出しが。


「久しぶりだね、クリス君」


「おかえりなさいませ、エリーアス神官長」


 ここ一週間ほど王都にいたから、久しぶりの対面なんだけど……ニヤニヤしているのが気になる。


「ご活躍だったみたいだね、神官様?」


「……緊急事態だったので」


「それはいいよ。情報も王都まで届いていないからね」


「え? そうなんですか?」


 あれだけギルドで大騒ぎしたら、さすがにマルコさんが上司に報告すると思ったんだけど……。


「君の行動について、この町の職業斡旋所ギルド神殿われらも把握しているよ。ただ、それがうまく王都の本部まで伝わらないだけで」


「そう、ですか」


 もしかしたら神様たちが何かしてるのかな?


「その件は置いとくとして、それよりも君が高ランクギルド員であるディーンに会ったというところが重要だ」


「人助けの仕事をしてると聞きますが」


「それは本来の彼の仕事ではないね」


 話が長くなりそうだからと、神官長室の一角にある応接用のスペースに案内される。

 タイミングよくルッツ君がお茶を入れてくれる。やはり彼は優秀だ。

 高そうなソファーに座って、いい香りのするお茶を飲むと自然と体から力が抜ける気がした。思った以上に緊張していたらしい。

 そんな私を見て、神官長は微笑みながら口を開く。


「実は、神殿経由でディーンに依頼を出しているのだが、何度も断られている」


「神殿からの依頼ですか? 騎士団に絡むことですか?」


「確かに彼は力のある戦士ではあるけれど、神殿に入って欲しいわけじゃないよ。君に関係あることだ」


「私に?」


 付き人ならルッツ君がいるし、他に何があるのかと首をかしげると、ルッツ君が焦ったような声をあげる。


「もしや、彼をクリス神官の護衛にするつもりですか? まさか……もう『巡礼神官』の候補が決まったのですか……」


「当たりだよ。そのための王都行きだったからね。候補にクリス君を捻じ込んだら大神官たちがうるさかったけれど、ちゃんと黙らせてきたから大丈夫」


 それ、大丈夫じゃないやつでは?


 

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