17、まさか同志がいたとは
「先ほどの……ええと」
「ディーンだ」
「ディーンさん、私はクリスと申します。よろしくお願いします」
「クリス神官! こんな無礼な男に名乗らなくとも!」
さっきは怒りを抑えていたルッツ君だけど、さすがに我慢できなくなったみたい。
落ち着いてと言おうとしたところ、大きな手で遮られる。
「確かに俺は無礼な態度をとっていた。すまない」
「……クリス神官の素晴らしさが、分かれば良いのです」
素直に謝られてしまったルッツくんは、勢いをシュルシュルと引っ込ませてしまう。
でも、私もたくさんの血を見て目眩を起こしていたし、緊急事態で慌てていたからディーンさんの気持ちも分かるよ。素人丸出しだったし……。
「後でマルコから聞いた。今日が初の診療だったと」
「いえ、初めての診療だとしても私は神官です。周りに不安を与えるような態度をとっていたとしたら、神官失格となるでしょう」
「クリス神官!?」
慌てるルッツ君。
いや、失格だからといって辞める気はないけどね?
「……そうか。なかなかに気が強いな」
無表情のままコクコクうなずいているディーンさんに、ふと疑問をおぼえる。
「ディーンさんも、こちらでお買い物ですか?」
「ああ、この店は品揃えがいいから重宝している」
「そうでしたか。私も常連なのですよ」
言いながらディーンさんの張りのある黒髪を見る。
もしや、この店のヘアケア商品を利用しているのかな? 毛量も多そうだし、将来安泰って気がするね。うんうん。
ニヤニヤしていたら、店に入ろうとしていたディーンさんが振り返って私を見ると、顔をしかめてみせた。
「……今、妙なことを考えていただろう?」
「いえ、特に何も。さぁルッツ君、私たちもお店に入ろうか」
「はい! お供しますクリス神官!」
「……」
ギルドで高ランクの評価をされているディーンさんも、このお店を利用しているとは。さすが、この町で品揃えナンバーワンのお店。
「いらっしゃいディーンさん、お仕事帰りですか?」
「ああ、またいつものを頼む」
「はいはい……まぁ! お客様、お久しぶりですね! 法衣姿もよくお似合いで」
「お久しぶりです。なんとか神官になれましたよ」
ルッツ君が何か言いたそうにしているけど黙っててもらう。
見習いから神官になるまで異例の早さだったとか、そういうのは広めなくていいことだからね。
ギルドのマルコさんは知っているけど、あの人は言いふらしたりしないから大丈夫。
まぁ、この店員さんも大丈夫だと思うけど、今はディーンさんもいるし……おや?
「ディーンさん、それ……」
「これは東の国で下着とされているものだ」
「まさかそれ……全部買うのですか?」
「そうだ。他の町では売ってないからな」
愕然とする私。
そろそろ新しい下着を買おうと思っていた矢先の、この状況……。
しかも今まで単色しかなかったのに、絞り染めの模様が美しい新作フンドシを全部、彼が買おうとしているとは……。
あまりの事に言葉を失っている私の横で、ルッツ君が不思議そうにディーンさんの持つ布の束を見ている。
「その布で下着を作るのですか?」
「違う、このまま身につける」
「このまま?」
「これを結び、ここに布を通す」
「東の国とは不思議な文化がありますね……あれ? クリス神官? どうされたのです?」
思わず床に膝をつき、祈りの姿勢になってしまった私は、慌てるルッツ君に「大丈夫です」と弱々しく返す。
「店員さん、こちらの商品、次回の入荷は?」
「申し訳ございません、入荷未定となってまして……」
「なっ……!?」
今度こそガクリと崩れ落ちる私。
ああ、新作のフンドシ……ひとつでいいから欲しかった……。
「ちょ、ちょっと待ってください! クリス神官は、こ、こ、この布を下着としてらっしゃる!? このような、薄い布でっ!?」
「お前、さっき俺が説明した時の反応と違うぞ」
「当たり前です! ゴツい男が布を巻いたところで何も起こりませんが、クリス神官の神秘が布に包まれる奇跡を、貴方は冷静に見ていられるとでも!?」
「まずはお前が冷静になれ」
ショックを受けている間に店内がカオスな空間になっている。
なぜかルッツ君の顔色が真っ青なんだけど、一体何があったのだろう?
首をかしげている私に、ディーンさんがフンドシを半数ほど差し出してくれた。
「ディーンさん?」
「すまない。俺以外の買い手がいると思わなかった」
「いえ、早いもの勝ちですし……」
「東の文化の良さを理解できる人間は少ないから」
確かに、東の国が「日本」のような文化があるとすれば、きっと理解不能なことが多いだろうなと思う。
ディーンさんが譲ってくれたフンドシをありがたく買わせてもらい、ホクホクしているとルッツ君が追加でインナーを購入している。
「こちらを、常に身につけていてください!」
「え? 暑くない?」
「私以外の者がお着替えを手伝うこともあります! これがあれば、極力肌を見せずに済みますから!」
「そう?」
ルッツ君が手伝ってくれる着替えは、主に上掛けの法衣だ。肌を見せることはないと思うのだけど……。
あ、そうか。
神官は家族以外の人間に肌を見せるのを禁じているから、着替えの時も気を抜くなってことかな? ふむふむ?
「違うと思うぞ」
「え?」
ディーンさんのツッコミに驚く私。もしや心の声だだ漏れ? 顔に出てた?
「……声に出ていた」
「クリス神官、何かおっしゃったんですか?」
「わからないけど、なんか言ってたかもしれない」
人間老いていくと、ひとりごとが増えるって言うからね。
なんかすみませんね、変なこと言ってて。
その後もディーンさんは肩が少し揺れていたけど、私がオススメしたヘアケアセットはしっかり買っていた。
今は髪にハリがあって毛量が多くても、若い頃から頭皮ケアをしておくと将来も安心だからね。がんばろうね、ディーンさん。
神殿への帰り道。
「やはり、あの男は失礼ですよ」
「そう?」
「買い物中、クリス神官を見ながらずっと笑ってましたから」
えっ、あの人ずっと無表情だったよね?
笑ってるところ見たとかずるいと文句を言ったら、ルッツ君に盛大なため息を吐かれてしまった。むむっ。
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