16、人助けのお仕事


 いつもように『祈り』の祝詞フレーズを口ずさむ私に、黒髪の男性だけではなくルッツ君まで物言いたげに私を見る。


 うん。その気持ちは分かるよ。

 でも私にとって、これが最善の治療法なのだ。


  天におられる神々よ、願わくば平穏を我らに与えたまえ

  世界に満ち溢れる御力の、ひとしずくを我らに与えたまえ

  祈りよ、我らの苦しみを救い、癒し、愛したまえ


「おい、お前……」


「静かに!」


 ルッツ君も、私のやっていることが普通じゃないと思っているだろう。

 それでも信じてくれているのか、周りをおさえてくれている。嬉しい。


 神官の基本は『祈り』だ。

 それを元として、あらゆる方法で神官は奇跡を行使していくこととなる。

 祝詞フレーズの追加、奇跡を行使させるための媒体、そして環境を整えることが必要になるのだ。

 だから、今回のような重傷者には「子どもの擦り傷の治すような奇跡」では足りないのが普通なんだけど……。


『呼んだ? ハル』


 急に呼んじゃってごめんね。この人を治して欲しいんだけど、降臨しちゃったりする?


『大丈夫よ。ちょっとハルが光っちゃうくらいですむと思う。うーん……これは血が流れすぎてるわね。流れをとめて体に巡らせましょうか』


 ありがとう。

 私は何をすればいい?


『もう一回祈ってくれる? 悪い菌が入らないように、命の繋ぎ止めるように、不足した体を補うようにイメージして』


「了解。もう一度やってみる」


 ふと目を開ければ、すごく驚いたような表情で私を見る金色が二つ。

 思わず笑ってしまうと、眉間にシワが寄って不機嫌そう。あわてて真面目な顔を作った私は、再び胸のところに手を組んで『祈り』に入る。


 すると、どこかで聞いたことのある声が吹き抜けていく。


『オラオラァ! 悪いもん飛ばしたるでぇ!』


 ぶわっと熱い空気と共に、力強い声。


『命の火が弱まっているねぇ。燃えるように燃料を入れようか』


 足もとから響く、柔らかな声。


『足りないものは補えばいいね。大地の恵みを与えようか、娘よ』


 ん? 娘?

 言葉の意味を問いかけようにも、気配は一瞬で消えてしまう。


『さすがハルね。風の以外は圏外だから、最悪呼びかけに応じてもらえないかもって思ってたけどー』


 いいかげん、神様ネットワークを強化すべく、ちゃんとアンテナたててもらっていいですか? 光入れてもらっていいですか?


『だから、光は私の管轄じゃないのよー』


 うん。知ってるよ。アナログの女神だもんね。


『ちょ、今、聞き捨てならないことを!』


 何やらプリプリ怒っている女神様との交信を、目を開けることでシャットアウトする。

 ごめん、文句は後で聞くからね。


 ルッツくんが患者さんの体を水で洗い流すと、傷のあったところが綺麗になっているのが分かった。

 その様子を見ていた黒髪さんが首の傷を押さえていた手を外し、状態を確かめている。


「どうですか?」


「……傷はふさがっている。呼吸も穏やかで、顔色もいい」


「持ち直したみたいですね。よかった」


「……ああ」


 ぶっきらぼうな黒髪のお兄さん(?)を見ると、寝ている彼をじっと見ている。


「よかったですね。お仲間が回復して」


「いや、仲間じゃない」


「え?」


 自分の服に結構な量の血がついているのを見て、彼はひとこと「着替える」と言って部屋から出て行ってしまった。


 ……あれ?


「クリス様、あとはこちらにお任せください。お着替えは別の部屋をご用意します」


「あ、はい。あの、さっきの黒髪の人は?」


「さっきの……ああ、彼は当ギルドに所属している、高ランクの方です。彼はよく、人助けをしてくれるのですが……」


 マルコさんは、少し話づらそうにしながら続ける。


「彼が人助けをする理由が、その、お金を稼ぐためでして……」


「あの無礼な男は、金のために動くと?」


 さっきの状況を思い出したのか、ルッツ君が憤慨している。

 えー、でもそれって。


「別に悪いことではないよ。ルッツ君」


「しかし、あの男は失礼な態度をとってました!」


「それとこれとは別でしょ。私はお金のために人助けをしているなら、安心できると思うよ」


 ルッツ君は若いし、きっとすごい悪意みたいなものは受けたことがないのかもしれない。

 でも、私は知っている。

 無償の善意ほど、怖いものはないということを。


「高ランクってことは魔獣とも戦える強い人ってことでしょう? お金で命が助かるなら、それは良いことだと思うし、ギルドを介してなら無茶な要求はされない、ですよね?」


「はい。ギルドに所属している人は、月々少額のお金を納めてもらっています。このような事態になった場合、ギルドが助けられるような作りになっているのです」


「……なるほど納得しました。ですが、彼がクリス神官に無礼を働いた件については、しっかりと謝っていただきます!」


 この世界で、神官の職を得ている者は少ない。

 才能だけではなく厳しい修行を経た、ごく限られた人間が神官として認められるため、多くの人から尊敬される職業とされている。


 なぜかルッツ君は、私をキラキラした目で見ることが多いから、敬ってくれているのは知っているけれど……。


「まぁまぁ、彼も『仕事』として人助けをしているなら、私と同じようなものだよ」


「ぜんっっっっぜん、ちがいます!!」


「そ、そう、かなぁ……ははは……」


 もしかしたら、ルッツ君は熱血神官になるかもしれない……。







 容態が安定した青年は、彼の仲間たちが迎えに来るとのことだった。

 私とルッツ君は別室で着替えさせてもらう。

 色々あったから今日の診療は終わらせて、残りの人は明日診ることにする。


「お疲れでしょうクリス神官。早く神殿へ戻りましょう」


「ちょっと待ってルッツ君、雑貨屋に寄ってもいい?」


「ご入用でしたら、自分が買ってきますよ」


「いや、新しい商品が入荷しているかもしれない。自分の目で見たいから」


「……わかりました」


 渋々うなずくルッツ君に、苦笑する。

 確かに重傷者を回復させるほどの『奇跡』を発動させた場合、並の神官は倒れてしまうこともあるという。


 でも、私は違う。


 なにせ「あの」テオドール先輩の鬼修行に耐えたくらいの体力があるからね。筋肉量はあまり増えてないみたいだけど……細マッチョキープにやや不満な今日この頃。


「あっ!! お前!!」


 雑貨屋に到着した私たちの前に現れたのは、歴戦の強者という風格を漂わせる……さきほどの無愛想な黒髪の男だった。

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