15、久しぶりのギルド
無職の時はお世話になっていた
付き人になったルッツ君は、嬉々として髪を結ったり身なりを整えてくれる。
見習いの時とは違って、法衣を身につけることになったからね。
ちょっと恥ずかしいけれど、あちこちに飾り紐があったりなんだりするから、慣れないと一人じゃ着れないのだ。
「お似合いです!」
「ふふ、ありがとう」
よく考えたら、こうやって男の人に髪や体に触れられても何も感じないってすごいことだと思う。
この神殿に入った時、何度か妙な視線を送る奴らがいたからね。最近は無くなったけど。
神官長がルッツ君を選んだ理由が分かる。彼はとても純粋で真っ直ぐなんだろう。
「何かありましたか?」
「いや、君が付き人で良かったと思って」
「そ、そうですか?」
それにルッツ君は色々と教えてくれる。
本には書いていないこの世界での常識など、私が変な行動をする前に察してくれるのだ。めちゃくちゃ有能だ。
ルッツ君に丁寧な言葉を使っていたら「自分はあなたの付き人なのですから、丁寧な口調は使わないでください」と注意されたのもそうだ。他の見習い神官たちからルッツ君が怒られてしまうらしい。危なかった。
真面目な顔で「クリス神官は深窓のご令嬢だったのですか?」などと問われた時には、返答に困ってしまったけど。
なんでご令嬢? いやご令息でも変だけどさ。
「マルコさん!」
「クリス様!? お久しぶりです! なんと、ご立派になられて……」
受付窓口から、なぜか目を潤ませているマルコさん。
マルコさんの親戚の子に向けるような発言に、つい笑ってしまう。彼はいったい何目線なのやら。
神官の法衣が目立つせいか、賑わっていたギルド内が少し静かになってしまった。なんかすみません。
「おかげさまで、エリーアル神官長から直々に教えをいただく機会があり、運良く神官になれました。今日はギルドの依頼を受けるために伺いまして」
「そうでしたか……お付きの方もいらっしゃるのですね」
「ルッツです。クリス神官共々よろしくお願いします」
マルコさんの「良い人オーラ」が分かったのか、少し警戒していたルッツ君も笑顔で挨拶が出来ている。えらいぞ。
でも、なんかルッツ君まで「うちの子をよろしく」みたいな感じなの、なんで?
「応接室をお使いください。名簿にあるギルド員には、こちらから呼びかけておきます。ギルドに来た順に診ていただけたらと思います」
「わかりました。ルッツ君、案内をよろしく」
「はい!」
気合の入っているルッツ君には申し訳ないけれど、今日の『祈り』は手抜きをするよう、神官長からあらかじめ言われていたりする。
なるべく目立たないように鼻歌感覚でやれとのこと。
異世界鼻歌無双……というタイトルが浮かぶ。
法衣を脱いで、診察するための真っ白な作業衣に着替える。
前の世界での白衣みたいなものだけど、これもあちこちに紐がついていて慣れないと一人で着れない以下略。
ルッツ君も見習い神官の服の上に白い上着を羽織っている。
怪我人や病人相手だから、汚れの目立つ白い布を使っているのかなぁ。
応接室は、長椅子が二つとテーブル、一人がけようの椅子がいくつか端に寄せてある。
体が辛そうな人は長椅子で横になってもらおう。
ルッツ君に言うと、心得たと長椅子にシーツをかけてくれた。さすが有能。
初日だけど、重症・重傷者はいないことだし、楽な気持ちで『祈り』を発動させていく。
ルッツ君に案内されて、順番に来る人たちが回復した後に笑顔で「ありがとう」と言ってくれるのが嬉しい。誰かの役に立っているって感じ。うん、いいね。
名簿にある人たちの半分を過ぎたところで、休憩に入る。
受付のマルコさんが持ってきてくれたギルド特製「具沢山スープとパン」というメニューを久しぶりに味わっていると、ルッツ君が問いかけてきた。
「ずいぶん軽く……力を入れずに祈られるのですね」
「あれ? 私の『祈り』を見たの初めて?」
「はい」
思い出した。私は神官の試験が受かるまで、ぼっち野郎だったのだ。
他の見習い神官たちは、お互いの『祈り』を聴き合ったりしてたのかな。切磋琢磨できる関係っていいよね。ぼっち野郎には到底できないことだけどさ。ふふふ。
「気合を入れてもいいとは思うけど、私は気楽な感じのほうが神様も気軽に応えてくれそうだなって……あ、これは個人的な意見であって」
「そうですね。確かに……さすがです」
「ほんと、個人的な意見だからね?」
「わかっております」
そう言いながらも、すごい勢いでメモをとっているんですけど。
神様と仲良くすればいいんだよなんて、とてもじゃないけど言えないし、説明するのが難しいところだ。
もし「教えてください」と言われても断ろう。感覚でやってる私には無理だ。
ぐるぐる考えている私を不思議そうに見ていたルッツ君が、ふと応接室のドアを見る。
「ずいぶん、外が騒がしいようですね」
「……そうだね。何かあったのかな?」
確認しようとルッツ君が立ち上がったタイミングで、勢いよくドアが開かれる。
「すみません! 急患です!」
「え……」
とうとつに切迫した空気になった状況についていけない。
一瞬真っ白になったけれど、頭を振って無理やり再起動させる。
「ルッツ君、長椅子に!」
「は、はい!」
運び込まれたのは、まだ顔に幼さの残る青年だ。
受付係マルコさんの案内で怪我人を運んできたのは、体格のいい黒髪の男性だった。
「俺が見たときには、狼型の魔獣二匹に食いつかれていた。血を止めるのに首近くは俺が押さえているが、腕は縛っている」
これだけの量の血は、前の世界でも見たことがない。
思わず目眩で体が揺れた私は、ルッツ君に支えられる。
「クリス神官!」
「……大丈夫、だ」
青い顔をしているだろう私に、ギラリと光る金色の目が向けられる。
「おい、素人ならさっさと出ていけ」
「無礼な!」
「ルッツ君、それは後にしよう。今は怪我人の処置を」
「すみません……」
素人と言われても仕方がないと思う。
怪我人を見て倒れる神官なんて、聞いたことがない。神官は、この世界で医者のような存在でもあるのだから。
「手はそのままでお願いします」
数回深呼吸した私は、しっかりと気合を入れるために背筋を伸ばす。
大丈夫だ。
私には神官としての才能が、ありすぎて困るくらいなのだから。
……お昼ご飯、食べ始めたところでよかったです。
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