14、神官様には付き人が必要です



 この世界の神官は髪を切らず、長く伸ばすのが決まりとのことで。

 今までショートボブを愛していた私の楽ちん生活は、この異世界でピリオドが打たれてしまった。

 そしてこの世界にきてから、異様に髪が伸びている私です。


 正直、めちゃくちゃ鬱陶しい。


「よろしければ……髪を結わせてもらえませんか?」


「え?」


「よ、よろしければ、ですので……」


「いや、助かります。ありがとう」


 青髪君は、嬉しそうに私の後ろに立つと、そっと髪をすくって編み込んでいった。その手つき、さては上級者だな?


「妹の世話をしていたので、得意なのです」


「器用なものですね……あ、リボンは」


「手持ちのものですが」


 食事をするのに邪魔だった髪は、青髪君の魔法の手であっという間に結われた。

 頭の片方は編み込まれ、もう片方は少し前に垂らされている。残りは後ろでリボンも一緒に編まれてて、途中から流してある。

 これはまさに、オシャンティ・ヘア・スタイルだ。


 これでスッキリしたと、うきうきとスープにパンを浸していたら、青髪君がクスクス笑っている。


「どうしました?」


「申し訳ございません。クリス神官が嬉しそうだったので、かわ……ゲホゲホ、自分も嬉しくなりまして」


「そりゃそうですよ。この髪、鬱陶しくて切りたいくらいなんですから」


「髪を切る!? いけません!!」


「わっ!?」


 驚いたのは、青髪君が大声を出したからじゃない。

 食堂にいる人たち全員が、一斉に立ち上がって私を見たからだ。

 怖いよ。そしてなぜ、そんなに息ぴったりなの……。(どきどき)


「すみません。髪を切るというのは……」


「いえ、私こそ軽率な発言でしたね」


 すると、周りを見た青髪君が声をひそめる。


「自分もここに来てから知ったのですが、この神殿で祀られている女神様が『水が流れるがごとく美しい髪』を好むって言い伝えがあるからみたいですよ。他の神殿にはない決まりごとかと」


「え? この神殿だけ?」


「はい」


 彼のおかげで気づいたことがある。


 ……さては女神、ロン毛男子スキーだな?







「それでクリス君は、見習い神官ルッツを付き人として推薦する、ということでいいのかな?」


「ルッツ?」


「クリス、指名するなら名前くらい聞いておかないと」


 エリーアル神官長の問いに首をかしげる私を見て、呆れ顔でツッコミを入れてくるテオ先輩。

 だって、あの場では名前を聞ける雰囲気じゃなかったし、食事が終わったら皆(ルッツ君含め)そそくさ出て行っちゃうし……。

 見習い神官の中で青い髪が一人だけで良かった。


「そうは言いますけど、神官になるまでエリーアル神官長とテオ先輩以外、半年間ほぼ会話がなかったんですよ」


「今はもう解禁だよ。存分に話すといい」


「……はい」


 笑顔の神官長を、いつかギャフンと言わせたい。

 ぐぬぬとしているとテオ先輩も笑顔で同意している。


「神官長様の言うとおりです。今のクリスなら並の戦士も軽く倒せるでしょうし、安心して外に出せます」


「……はい?」


 テオ先輩との訓練では、毎度赤子の手をひねるがごとく「けちょんけちょん」にされてる私なのに?

 でもそれを言ったら解禁を取り消されちゃいそうだから黙っておこう。


「ではルッツで決定だね」


「面談とかしないんですか?」


「実は、今の神殿の中で彼以外の適任者はいないと思っていたからね……。女神様のお墨付きでもあるし、クリス君さえ良ければ彼にすることは決定だった」


「それもしかして……私は食堂で頑張らなくてもよかったんじゃ?」


「さすがにこちらが全部決めるのは良くないだろう? 相性もあるだろうし」


「う、それは、そうですが……」


 微妙な気持ちになったけれど、私の(神官としての)異様な成長速度は隠しておく必要があるし、やたら神様たちと仲良しなのも知られたら危険だっていうからね。

 信用、信頼できる人を探してくれていたんだろうっていうのは分かるんだけどさ。

 なんと言ったらいいのだろう。すごく甘やかされているというか、過保護というか……。


「ちなみに、彼に付き人になるのを断られたら、また一から探すことになるよ。外出も当分先になるだろう」


「絶対に説得してください!」


「すまない、冗談だよ。ルッツは付き人を喜んで引き受けると言ってくれたから」


 悲痛なぼっちの叫びを受けて、エリーアス神官とテオ先輩はとうとう笑い出した。

 もう! 笑い事じゃないんだからね! 


 でもよかった。

 これで、この鬱陶しい髪の問題は解決するし、外出もできるぞ。(うきうき)


 するとどこから取り出したのか、テオ先輩が書類の束を私に手渡す。

 地味に重い。


「なんです? これ」 


「外の仕事です」


「外ですか? 神殿内の仕事じゃなくて?」


「決裁以外の内務は見習いでもできますよ。ほら、神官にしかできない仕事があるでしょう?」


 書類の束に目を落とすと、そこには名前やギルドのランクなどが書かれている。

 そしてどういう怪我や病気なのか、緊急度の高い順に並べられていた。


「差し迫ったものは、神官長様と私で対応済みです。クリスは明日からギルドの仕事もしてもらいます」


「えーっ!?」


「もう『祈り』は暗記しているし何も問題はないだろう。ただ心は込めず、軽くやればいい」


「クリスの場合、やりすぎると神々が降臨しそうですからね」


 適当にやれという神官長と、過大評価する先輩。

 いやいや、いくらなんでも神が降臨するとかないでしょう。


『強くハルに祈られちゃったら、うっかり降りちゃうかも?』


 うっかり降臨とか、大変なことになりそうだからマジやめて。

 神殿だと繋がりがいいから、今みたいに気軽にやり取り出来てしまう。

 いやだから「電波かよ!」っていうツッコミがね。私の中でね。


 それにしても、この半年で水の女神様とは仲良くなったけど、他の神様ってどうなっているんだろう?


『他の神たちも、ハルに会えるのを楽しみにしているわよ』


 そっかぁ。

 なんだか私も楽しみになってきた。

 いつか会えるといいなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る