13、日常会話からスタート



 試験、無事に合格しました。


 エリーアス神官長の圧に怯えていたのに、筆記試験は楽々クリアできた件。

 常識問題の多くは「神官としての心構え」に集中していて、この世界の歴史とか常識じゃなかった。すっかり騙されたよちくしょう。


「まぁまぁ、神官長様もクリスのことが心配なのでしょう」


「それでも! 納得! できません!」


「ほら、また大振りになっていますよ。自分の体格を最大限に生かして、ここで突き出す」


「せいっ!!」


「その調子です」


 神官に昇格した私を祝ってくれるというテオ先輩に、それならば訓練をとお願いした。

 騎士団に戻ってしまったら、今までのように気軽に訓練をお願いすることはできなくなるからだ。

 神殿に併設されている、騎士たちの訓練場までいけばテオ先輩とは会うことができるけど、忙しい中で呼び出すのは気が引けてしまう。


「はぁ、はぁ、相変わらず、テオ先輩は、体力おばけ、ですねー」


「オバケがよくわからないのですが……」


「なんか、強い魔獣、みたいなもの、ですよー」


「褒め言葉ではないということは分かりました」


 えー? 褒めているのになぁ?

 汗だくになっている私と、息も切らさずに涼しげな様子のテオ先輩。

 焦った彼を見たのは、初めて会った時くらいだ。茶色の髪に爽やかイケメンなテオ先輩は、神官じゃなければモテモテなんだろうなぁ……って、あれ?


「あの、テオ先輩は、結婚とか考えてますか?」


「縁があれば。神官騎士なら辞職せずとも家族は持てるから、神官の人たちほど悩むことはないですね」


「へぇー」


「クリスは? 神官のままでは恋愛もできませんが」


「いや特に考えてないです。むしろ、考えたくないです……こういうのってダメですかね?」


「いえ、クリスが幸せなら、それが一番良いことだと思いますよ」


「う、テオせんぱぁい……騎士団に戻らないでくださぁい……」


 これだけ自分のことを思ってくれる優しい人は、この先現れないのではないかと思ってしまう。

 もちろんエリーアス神官長も保護者みたいなものだけど、テオ先輩は優しいけど悪いことをしたら叱ってくれるお兄ちゃんみたいな存在なのだ。ふぇぇ。


「クリスなら大丈夫ですよ。神官としてしっかりやっていけるでしょうから」


「ありがとうございますぅ……」


「それと、付き人の候補がいたら教えてください。私と神官長を交えて面接をしますから」


「……え?」







 すっかり忘れていた。

 神官になると、見習いの中から付き人を一名選び、身の回りの世話をさせたり神殿の運営などを手伝わせたりすることができる。

 強制ではないのだけど、この町の神殿は神官が少ない……というか、私とテオ先輩しかいないから、付き人は絶対に必要だ。


 問題は、私が「ぼっち」だということ。


 朝の水汲みを終えた私は、昨日のテオ先輩の言葉を何度も思い出してはため息を吐いてしまう。

 水場を見ても、私一人しかいない。

 どうやら私が居ない時に、他の人たちは水場に来るというのを知った。


「……食堂に行ってみようかな」


 いつも部屋に食事が用意されていたけど、神官になったと同時にエリーアス神官長から食事の自由を許可された。

 私の特殊な事情により他の見習いと食事をとるのを禁止されていたけど、もう食堂でも外食だって出来るようになったのだ。やったね。


 小さな町とはいえ、女神の恩恵が深いとされる神殿だからか、やたら広い。

 早歩きになりながら食堂に着くと、意外と多くの見習いさんたちが食事をとっている。


「おはようございます」


「おっ!? はようございましゅ!! クリス神官!!」


 入り口近くに居た人に声をかけたら、すごく驚かれたし噛んでいる。

 え、そんなに? そんなに緊張するの?


「ここで食事をとろうと思うのですが、どうすれば良いのですか?」


「は、はひ、トレイを持っていただき、好きなものを、す、好きなだけ……」


 カチコチの見習いさんに申し訳ないと思いながらも、食堂での作法が分からず色々質問してしまう。

 神殿で出される食事はギルドとは違って、肉も野菜も種類は多いけど油の少ないあっさりとした調理法のものが多い。


「こ、これは、骨ごとに取り分けましゅ」


「なるほど。いつも部屋食だったので、このようになっていたとは知りませんでした。教えてくれてありがとう」


「ど、どういたましゅて……」


 限界だったのか倒れそうになる見習いさんを、他の見習いさんが来て回収していく。

 なんか「よくがんばった!」「しっかりしろ!傷は浅いぞ!」とか言われているけど、なんで会話しただけでそんなことになるんだ?


「あれは支援会の人ですから、こうなってもしょうがないと思われます」


「支援会……そういえばエリーアス神官長が言ってましたね……」


「自分も入ろうと思ったのですが、枠がないと言われてしまいまして」


「ん?」


 そういえば、誰と会話しているのかと振り向けば、綺麗な青色の髪をした少年と青年の間くらいの見習い神官がいる。


「こちら、空いてますよ」


「ありがとう」


 笑顔で礼を言うと、少し頬を染めながらだけど彼も笑顔で返してくれる。

 支援会ファンクラブに入れなかったということは、神殿に入ったばかりなのかな?


「実は自分、この神殿に入りたくて王都から来たのです。エリーアス様に憧れてまして……」


「そう、ですか」


 思わず吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。

 ふう、危うく粗相をするところだった。


「そして、エリーアス様から直々に学ばれているクリス神官を見て、遠くからいつもお姿を拝見しておりましたが……」


 そう言いながら涙目で私を見る。

 なになに、どうした? ダメだった?


「日々、修行に打ち込まれる素晴らしい姿勢に感動いたしました! 自分も、貴方のようになりたいと憧れております!」


「そ、そう? ありがとう?」


 感情が昂ったのか彼の目からポロリと落ちた涙を、持っていたハンカチでそっと拭いてあげる。

 私はただぼっちに過ごしていただけなのに、それが高尚なことのように語る彼が面白くて、つい笑ってしまう。


「ぷっ、ふふっ、ごめんなさい。私はただ言われたことをやっていただけなので……。王都から来るほどの気概を持つ、君の方が素晴らしいと思いますよ」


「あ、ああ、ありがとうございます!」


 さらに感動ってなっているけど、落ち着こうか青髪くん。

 あと周りの人たちも泣いているのは、なんでだろう???


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