12、追い詰められるぼっち



 神殿に入ってから三ヶ月。

 神官になるために修行の日々を送っている私は、今日も朝から水汲みをしている。


「水汲みのあとは掃除、それから教本の暗唱とエリーアス神官長の講義が午後にあるから……」


 ザバザバと水を汲んでは、水置き場にある大きな瓶に入れていく。

 最初のころは三往復くらいで筋肉痛になっていたけど、毎日続けていたら慣れた。どうやらこの体は、鍛えれば鍛えるほど成長するみたいだ。


「テオ先輩の訓練は明日だから、夕方は自由時間か」


 ぶつぶつと呟きながら水汲みを終える私を見れば、誰もが気づくだろう。

 そう、私はぼっちである。

 

 最初の一週間は「新人だからかなぁ」と思っていた。

 でも二週間を過ぎたあたりで「ちょっとおかしいぞ?」と思いはじめて。

 一ヶ月たったあたりで、明らかに私は「ぼっちだ」と気づいた。


 なんで?







「君は、入ったばかりの人間が、自分の能力より遥か上にいたらどう思う?」


「すごいなぁって思います」


「それまで血がにじむほどの努力を数年続けていたとしても?」


「……さすがに嫌な気持ちになるかもしれません」


 午後の講義の時間、疑問をぶつけた私にエリーアス神官長は優しい言葉で諭してきた。

 確かにそうかもしれないけど、神殿の人たちがワイワイしているのを見ると羨ましくなるんだよね。

 なぜか皆、私を見るとすぐどこかへ行ってしまうから、会話もほとんどしたことがない。


「君のことは『やんごとなき生まれ』だと説明してあるからね。近づいたらダメだと思っているのだろう」


「え!! なんでそんなことを!!」


「修行を共に行うことは禁じていても、交流することは禁じていない。彼らの意思で君と距離を置いているのであれば仕方のないことだと思うよ」


 もちろん、神官長が悪意でしたことじゃないのは分かっている。大っぴらにできない能力もあるし、神殿の人たちを皆信用できるかといえば「否」だから。

 でも、それで皆が私を遠巻きにしているのは少しばかり納得がいかない。


 講義は神殿内にある執務室で行われている。

 この世界の基本みたいなところから学んでいるから、他の見習い神官たちと一緒に講義を受けられないのだ。追いつかない学力の悲しみよ。

 もちろん私が異世界から来たというのは内緒のまま……というか信じてもらえないだろうから言ってないのだけど。「極度の世間知らず」と女神からの御告げを受けたエリーアス神官長が、手取り足取り教えてくれている。


 武術はテオ先輩だ。厳しいけれど体を動かすのは楽しい。

 なぜかあまり筋肉がつかないけれど、どんどんテオ先輩の動きについていけるようにはなってきたよ。

 それよりもテオ先輩がめちゃくちゃ強すぎる。この人なぜ神官やっているんだろうと不思議に思っていたら、人手がないからだってさ。

 有事の際は本職の神殿騎士として戦うとのこと。文武両道なんて格好いい。


「まぁまぁ、一部の者たちは君の支援会なるものを作っているみたいだよ。会報を見せてもらったけど、なかなか面白い内容だった」


「え、何ですかそれ! 本人は知らないんですけど!」


「だろうね。会報の活動内容にも『クリス様をひっそり見守る』と書かれていたから」


「はい?」


 一体なんなんだそれは。

 前の世界でいうところの「ファンクラブ」みたいなものかな?

 まぁ、嫌われてないなら良かったけど……いや、良くない。


「とにかく、禁止されていないのであれば、テオ先輩以外にも普通に話せる人を作りますから! 遠慮しませんよ!」


「ふふ、頑張りなさい。私の注意を聞いてもなお君と話したいという、気概のある人間が見つかるといいね」


 エリーアス神官長は、けっこう性格が悪いと思う。

 それは私が(この世界の中では)世間知らずだから、そう感じるのかなと思っていたけど違う。

 最初に会った時は人畜無害筆頭って雰囲気だったのに、騙された気分だ。


「ところで、なぜ私は神官長様を名前で呼ばないとダメなんですか?」


「そりゃ、君はすぐに私と同じような立場になるだろうからね」


「神官になるのは五年かかると言われているんですから、すぐ同じになれるわけないでしょう?」


 無言で微笑むエリーアス神官長。

 なんだろう。すごく嫌な予感がする。


「な、なんですか?」


「そう怯えなくても大丈夫だよ。次回の神官起用試験を、クリス君にも受けてもらうことになっているだけだよ」


「はい?」(本日二回目)


 ちょっと待って。

 次回の試験って、たしか三ヶ月後……え!? 三ヶ月後!?


「クリス君なら大丈夫だよ。筆記は常識問題ばかりだし、実技は『祈り』だからね」


「いや、その常識問題っていうのが……」


「クリス君なら大丈夫だよ、ね?」


「……はい、大丈夫、です」


 なぜか、エリーアス神官長の圧がすごい。

 そこまで急ぐ理由は何なのだろう?


「ここは王都から離れた町の神殿だから、神官のなり手が少ないし、そもそも才能のある人間もほとんどいない状態なんだよ。それと、テオドールを神殿騎士団に戻して欲しいと、騎士団長からせっつかれてね」


「はぁ……え? テオ先輩、どこか行っちゃうんですか?」


「神殿騎士団に戻るだけだから、彼の武術訓練は受けられるよ」


「それなら良かったです」


「だから、良くないのだよ。早く君が神官になって、神官長代理が出来るくらいになってもらわないと」


「いや、何を無茶言ってるんですか」


 冷めた目をした私に、エリーアス神官長は笑顔のまま圧を強めていく。

 怖い! 怖いよ!

 あとなんか肌がピリピリするよ!?


「早く、神官に、なりなさいね?」


「……はい」


 うう、笑顔なのに鬼だ。

 この神殿には鬼がいるよ。


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