11、さっさと神殿に入りましょ



 もらった謝礼金で、懐があたたかい。

 ならばと、昨日お世話になった雑貨屋さんへ寄ることにする。

 神殿は早朝から開いてると思うけど、礼拝とかありそうだし。手続きしたりするなら昼前のほうがいいだろう。


「さて、いくらもらったんだろ?」


 袋を中をチラッと見ると、金色こんじきに光る貨幣がもっさりと……。


「うーん、どうしよう」


 金貨(仮)の価値が分からない件。

 まぁ、昨日の雑貨屋さんの、あの女性店員さんなら大丈夫だと思う。ただの勘だけど。

 とりあえずお金の入っている袋が重すぎるので背負う鞄が欲しい。切実に。


「すみませーん」


「はい、いらっしゃいませ……あら、お客様は昨日の?」


「昨日はありがとうございます。今日は、これが入るくらいの鞄が欲しいんですけど」


「それはそれは……」


「あと、神殿で働こうと思っているので必要な日用品を購入しようかと」


「それはそれは、おめでとうございます! 当店は『神殿御用達商品』も取り揃えておりますから、なんなりとお申し出くださいませ!」


「神殿の、御用達?」


「はい。神殿に関わる方々は衣食住を確保されていますが、支給される日用品は限られておりますので……」


「なるほど。お金に余裕があれば、ここで色々買う人がいると」


 なんとなく複雑な気持ちでうなずいていると、店員さんが苦笑しながら商品をカウンターに並べてくれた。


「お客様の髪と肌の質を、神殿で支給される物品で保つことは不可能と思われます。ご予算があれば、ぜひとも当店の商品をお持ちいただきたいのですが……」


「あの、予算は、たぶん大丈夫です。先日とある方の落とし物を届けて、たくさん謝礼金をいただいたので」


「なるほど。でしたら定期的に神殿あてに、お客様のお名前で日用品……髪や肌を補修する商品をおおくりさせていただいてもよろしいですか?」


「そういうのが出来るんですか? 助かります!」


「いえいえ、仕事ですから。それに昨夜、お客様の美しい銀色の髪と白く滑らかな肌を保持するよう、神々から御告げを受ける夢を見たのですよ」


「あはは、店員さんったら面白いですね!」


 あとで女神を問い詰めよう。







 予想通り(かどうかは分からないけど)昼前の神殿に人は少ない。

 入り口に立っている警備の人に軽くお辞儀をして中に入ると、昨日案内してくれた神官のテオドールさんがいる。


「貴方は……クリス殿!」


「クリスと呼び捨てにしてください。今日は、神殿に入るための手続きに来ました」


「それは良かった! 神官長様もお喜びになることでしょう」


 これも女神様の思し召し……などと呟きながら、胸の前で手を組んで祈りを捧げるテオドールさん。

 敬虔な信者である神官の見本みたいな人なんだけど、あの女神が思い浮かんでちょっと微妙な気持ちになってしまう。


「テオドール先輩、よろしくお願いします!」


「テオでいいですよ。クリス」


「はい! テオ先輩!」


 神官長さんは外出中らしく、とりあえず書類だけでもとテオ先輩が執務室に案内してくれた。何枚か紙を出して読むように言われる。

 ハッ、そういえば私、文字書けるのかな? 読むことは問題ないけれど……。


「何か分からない部分があれば、説明しますよ」


「あの、これは誓約書ですか?」


「こちらは神殿での決まり事を守るという誓約書です。それでこれは、神官長様が後見人となるという書類です。どちらもここに名前を書くだけで大丈夫ですよ」


「そ、そうですか」


 この前拾った印章のよりは、書類の文字は簡単に読める。ピントを合わせなくても大丈夫だ。

 書類には備品を壊すなとか、罪を犯すなみたいなことが書いてある。神官になる以前に、人として守るべきことのような気がするんだけど……。

 インクの付いた羽根ペンを手渡される。

 これ、書きづらいな。名前は、栗栖都春っと。

 書いたらこの世界の文字になっている。自動書記みたいな、変な感じだ。


「クリスは、クリストハルトという名前なのですね」


「ふぇ?」


 先輩、「と」が多いですよ!

 あれ? でも紙には「クリス トハル ト」って書いてある? なんで?


「いえ、私はクリス・トハル……」


 いやいやちょっと待てよ。

 前の世界でよく読んでいたラノベに「家名があるとは、さては貴族!」みたいなこと言われるシーンがあった気がする。


「あ、いえ、そうです。クリストハルトって長いんで、クリスって言っちゃってます」


「なるほど。旅の方や冒険者の方は、あまり本名を名乗らないと聞きます。ギルドに登録する時も偽名だと」


 へぇ、そうなんだ。


「さ、さすがに誓約書は、ちゃんと書かないとですよね」


「まったく違う名前だと弾かれますが、略称なら大丈夫です。最初に説明するべきでしたね。すみません」


「弾かれるんですか?」


「はい。手が吹っ飛びます」


「吹っ!?」


 最初にちゃんと説明してよ!! テオ先輩!! 

 ていうか「ト」が多いのはセーフだったんだね!! マジ危なかったやつじゃん!!


「ここは神殿ですから、誰かしらに治してもらえるので大丈夫ですよ」


 大丈夫じゃないよ!! 治る前にめっちゃ痛いやつじゃん!!

 邪気のない笑顔が逆に怖いよ!! テオ先輩!!







 ブルブル震えながら執務室を出ると、さっそく住む部屋に案内してくれるとのこと。

 え、準備が早くない?


「すぐにでも住めるようにと神官長様のご命令でしたから」


「なんか、すみません」


「いえ、普段は穏やかな方なのですが、さすがに昨日の『祈り』の事もありますし、急がれるのも無理はないと思いますよ」


 後見もしてくれるって話だし、神官長様には足を向けて眠れないなぁ。

 やたら神々との距離が近いという私の存在は、神殿にとってすごく重要なんだろう。でもこの世界すべての神殿が……神官が「安全」とは限らない。


 なんとか自分の身くらい、自分で守れるようにならないとね。

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