10、フラグは折って粉砕するもの
勝手知ったるギルドの宿泊施設。(まだ二日目だけど)
昼の食堂は賑わっていた。
ここはギルド職員さんたちも利用していると聞いたけど、例の受付嬢は外で食べているとのことだから安心だ。
「昼は、軽くでいいかな……」
「何言ってんだい! 若いんだからしっかりお食べ!」
「あ、はい」
おおらか?な食堂のお姉さん。
このタイプには逆らわないことにしている。結局相手の思う通りになるだろうから、素直に受け入れたほうが楽なのだ。
あと、良いこともある。
「甘いものは好きかい?」
「はい!」
「アンタ、新入りだろう? これ食べて頑張るんだよ!」
そう言ってトレイに焼き菓子をのせてくれた。やったー!!
ドライフルーツたっぷりのやつだ! 好き!
「あと、受付の女の子と付き合うのは、おすすめしないよ!」
あ、やっぱり?
なんとなく予想はついていたので、大丈夫ですよー。
軽く食べようと思ってたのに、がっつりいってしまった。
焼き菓子もすでにお腹の中にある。
「はぁ、眠い……女神様と話そうと思って軽くと思っていたのに、しっかりと食べてしまったから眠い……」
『詳細な言い訳をしてくれて、ありがとうって言えばいいのかしら?』
「部屋でゆっくりと話したかったんだよ。神殿だと人の目もあるし」
『そりゃそうだけど……て、そうそう! なんでハルはエリーアスのいる神殿に入らないの?』
「エリーアスって、神官長さん?」
『そうよ。せっかくハルがこの世界のことを学びつつ、神官としてスキルアップできる所に送り込んだのに』
はい?
ちょっと待って。
私がこの町に来たのは、女神様……聖女様のお導きってやつだったの?
『聖女って呼ぶのはやめてよぅー』
「最初から言ってくれればよかったのに。神殿は信用できるとかさ」
『情報の開示は制限されているのよ』
「なるほど」
瞬時に理解する。
前世?社畜だった私は、役職のついている人間しか知らない情報を知ったところで、平社員は何も出来ないということを知っている。
つまり、聖女……水の女神様は、何かの管理下に置かれているということだ。
『さすがハル。理解が早いわね』
「それなりに社会人経験積んでますから」
きっと、この世界の私は「自由」なのだろう。
だからこそ聖……水の女神様は、私の行動について「見守る」ことしかできないのだと推測する。
さっきも「いい所に送り込んだ」という情報をもらえたのは、私が実際に神殿で過ごした後だから。そして、神殿に行けという言葉はもらえていない。
なるほどね。会社で例えるなら、社内コンプライアンスの厳しいやつみたいなものだろう。
「厄介な制限をかけられてますね」
『ハルが触れた後でなら、良し悪しを伝えることができるのだけど』
「充分ですよ」
突然この世界に送られた時は何だと思ったけれど、もしかしたらそれは……。
「とりあえず、私は神官になれるってことでいい?」
『もちろん。巡礼の旅ができるくらいにはなれると思う』
「巡礼?」
『神官の中でも優秀な人材は、世界各国を旅する巡礼神官になれるのよ』
「旅! 観光!」
がぜん盛り上がる私。
『ただ、ひとつ問題があるの。神官は色欲を悪としているから、還俗しないと恋愛できないのよ』
「それは願ったり叶ったりかな。前の世界のゴタゴタもあって、恋愛する気はゼロだから」
『えっ、そうなの!?』
もったいないと言わんばかりの女神様だったけど、だいぶ前から決めていたことだからね。すまんね。
「じゃ、明日の朝一番にギルドの受付で神官になる手順を聞くことにして、今日はダラダラするよ」
『……了解。おやすみ、ハル』
「おやすみなさい。女神様」
うん。
昼寝のつもりが、気づいたら朝でした。チュンチュン。
伸びをしながら窓の外を眺め、異世界にも雀がいるのかと考えつつ現実逃避。
そして「例のアレ」は、女神様が神様ネットワークから仕入れた情報でなんとかおさまった。
水を飲んだり、うがいするとおさまるとのこと。
……本当だった!(諸説あり)
それにしても、毎日なのか……この体が若いからか?
さて、落ち着いたところで食堂へ向かう。夕飯を抜いたからお腹が空いてしょうがない。
食っちゃ寝している自覚はあるけど、今の体なら代謝が良さそうだし大丈夫だろう。若さ万歳。
時間帯のせいか人の少ない食堂で、具沢山スープとパンをもらってモグモグ。
昨日お菓子をくれた食堂のお姉さまは夕方からの出勤とのこと。ここを出るまでに挨拶できたらいいなぁ。
「クリス様!」
「あ、受付の、ええと……」
「すみません、名乗りもせず……当ギルドの受付担当マルコと申します。以後お見知りおきを」
「クリスです。よろしくお願いします」
ペコペコと頭を下げ合っている私たち。すると「それどころじゃない!」とマルコさんが手に持っていた重そうな袋を差し出してくる。
「こちら、先日の『ささやかなお礼』とのことで、フェルザー家のセバス様からです」
「これが『ささやか』ですか」
それにしては重い。重すぎる。(色々な意味で)
「よほど大事なものだったようで。もちろん、この件については秘匿させていただきます」
「助かります」
たまたま落ちていたものを拾って届けただけで(中身は見ていないけど)こんなに稼いでしまったら妬まれ対象になっちゃうからね。
隠したい能力もあるし、なるべく目立たないようにしないと。
「そうだマルコさん。私、神殿に入ろうと思うのですが、ギルドで手続き必要ですか?」
「いえ、神殿からギルドに連絡がくるので、ギルドでの手続きは不要です」
笑顔のマルコさんは、なるほどと頷きながら続ける。
「クリス様なら、神殿での修行で何かしら得られるでしょうね。賢明な判断だと思いますよ」
「え? 分かるんですか?」
「いえいえ、勘ですよ。長年ギルド職員をしておりますと、多くの人間を見ますからね」
「なるほどそれは心強いです」
「ギルドの所属は継続できますので、神殿で修行しながらここで小遣い稼ぎもできますよ。いつでもご利用ください」
「ありがとうございます!」
よし! セバスさんからの謝礼も受け取ったし、これで「お貴族様に呼び出される異世界人」のフラグは回避できたぞ!
また変なフラグがたつ前に、さっさと神殿に入っちゃおう!
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