9、知られてはならない能力、とは
光っているのはページの中にある蔦の模様だった。
蔦の葉が光っているところと、そうでないところがある。
(もしかして、五線譜になっている?)
いや、五線譜じゃないな。
蔦の数は多い少ないはあるけれど、葉が光っているところが「音」の部分だと思う。たぶん。
それよりも、これってもしかしたら魔法の本だった?
私にも何か魔力があって反応しちゃってるとか? 異世界あるあるのチート能力か?
ふたたび『祈り』を口ずさむ神官長様。あわてて私も合わせるように歌うと、葉の部分の光が強くなる。
うまく『祈り』を歌えると、光が強くなる仕組みなのかしら? よくわからない。
「そこまで」
気づけば長い時間私は『祈り』をくり返していた。
そっと横に立った案内役の神官さんから、差し出された飲み物をありがたくいただく。
「ふぁ、おいしい水ですね」
「これは神官長様が手ずから作られた聖水ですよ」
「え!?」
「たいしたものではないよ。井戸から水を汲んだだけだからね」
へぇ、そういうのは下っ端の仕事とかじゃないんだね。
変なところで感心していると、不意に神官長さんが真剣な表情で私を見た。
「それよりも、クリス殿は思った以上に適性があるね。できれば神官になる道を進んでもらいたいと思うくらいに」
「いいんですか? 私のような身元が分からない人間が神官になっても」
「神殿は、ありとあらゆる人間を受け入れる場所だからね。……そう、罪を犯したとされた人間であっても」
おお、すごいな神殿。懐が深い。
そしてさりげなく、罪を犯したと「される」なんて濁して言っているのが格好いいな!
さてと。
神官になるのって、そう簡単なことじゃないだろう。
でも、神官になるための修行と称して神殿で雑用とか、あわよくば住み込みでやらせてもらえるのであれば、今の無職状態から脱却できる。
「あの、もしかして、今日の依頼はこれで終了ってことですか?」
「そうだよ。思ったよりも……いや、思った以上に早く済んだからね。それと……」
神官長さんは真剣な顔で私を見て、こう言った。
「できれば……と言ったが、私個人の意見を言うなら、今すぐにでも神殿に入ってもらいたい」
「なぜですか?」
「君を守るためだ」
冗談かと思って笑いそうになったけど、神官長さんの表情が変わらないのを見て背筋を伸ばす。え、マジなやつですか。
「私を守る、というのは?」
「この場に、私とテオドールしか居なかったのは幸いだった。教本を光らせることができる人間は、この国でも数名いるかいないかなのだよ」
「え!?」
テオドールと呼ばれた案内役の神官さんも、コクコク頷いている。
だとしても……と、抵抗を試みる。
「神官さん……テオドールさんは、あまり驚いていないようですが?」
「いえ、とても驚いていますよ。ですが、教本を光らせることができる数人の中に神官長様がいらっしゃるので、見慣れたものではあります」
えー、国に数人しかいないとか言われてるのに、もう二人ここにいるやつ。
「もしかして、これは魔法の本ですか? 魔力に反応するとか」
「いや、教本を光らせるのに魔力は必要ないよ。これは神々に我らの『祈り』が届いていれば光るものだ。一種の『奇跡』と呼ばれている」
「届いていれば、光る……」
壁に描かれている神々の絵。その中にいる水瓶を持っている女神を見ると、ついっと目をそらされた感じがした。
おい、ちょっとそこの聖女とか呼ばれてた女神。まさかとは思うけど……。
『ごめん聞いてた。あと聖女はやめて』
やはりか。聖女呼びは継続で。
『えー! だって、せっかくのハルの歌だよ? 聴いちゃうでしょ?』
いや知らんし。何が「せっかく」なのかが分からんし。
女神の絵から視線を外して神官長さんを見ると、何かに納得したように頷いていた。
「君は、よほど神々に好かれているみたいだね。もし神官になるのであれば、ここの神殿で修行することを勧めるよ」
「それも私を守るため、ですか?」
「ここは私が管理しているからね。君ほどの能力があれば、それを利用しようとする者が出てくる。他の神殿だと、私の力が及ばない」
そうかぁ。
ちょっと異世界を旅して、観光気分を味わうのもいいなって思ったんだけどなぁ。
あの風を司る
とりあえず「考えさせてほしい」と返事をして、一時撤退。
神官長さんは良い人だと思うけど、この世界についての知識が不足しまくっている私には判断できない案件が多すぎるんだよ……。
そんなこんなでギルドに戻った私は、入り口からこっそりと中を覗き見ている不審者となっている。
受付には男性職員さんがひとり。うむ、今がチャンスだな。
「おかえりなさいませ、クリス様。もうひとりは昼休みで外に出てますよ」
「ただいまです。すみません、悪い子じゃないと思うんですけど……」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしてすみません」
確かに可愛いんだけど、あのタイプはどうも苦手だ。前の世界での「サークルの姫」っぽい匂いがするんだよね。
異性にはまぁまぁモテて同性に嫌われるタイプ。
今の私は男ではあるけど中身は違うから、無理よりの無理ってやつなのだ。
「あ、はいこれ、依頼書です」
「ご苦労様です。ああ、立ち会いが神官長様でしたか。だから早かったんですね」
「運が良かったんですか?」
「ええ。あの方は神官として素晴らしい能力を持ってらっしゃるので、見極めが早いのです。クリス様は……適性少し有り……この結果は久しぶりです」
少し?
もしかして、能力があると記載すると危険だから、評価を「少し」にしたのかな?
それでも久しぶりってことは、適性があること自体が珍しいのかも。
「頑張れば神官になれますかね?」
「そうですね。修行を数年したら、なれるかも……しれませんね。適性有りでも、神官になるのは難しいと聞きます」
「なるほど」
なんか怖くなってきたので、自分の本当の適性がどれくらいなのか知らなくてもいいかなぁと思いました。まる。
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