8、歌は心と言うけど親密度?らしい


 慌ててギルドに戻る。

 受付には、明らかにホッとした笑顔のお兄さんがいた。申し訳ない。


「すみません、遅くなりました。時間はまだ大丈夫ですか?」


「はい。こちらこそ、急がせてしまったようで申し訳ないです」


 やっぱり、このお兄さんは良い人だ。

 二人でほんわり笑顔を見合わせていると、栗色の髪が目の端に映る。


「あ! クリス様!」


 やばい。昨日受付にいた女の子だ。

 目の前のお兄さんが「これを持って神殿にいけば、説明してもらえます」と依頼書を手渡してくれる。

 ありがとう、お兄さん! ちゃんと依頼をがんばってくるよ!


「こんにちはギルドの受付さん。急ぎなので、私はこれで」


「あ、ちょっと、クリス様!?」


 女の子には申し訳ないけど、急いでいるのは事実だからね。







 方向音痴だったはずの私は、この世界に来てから「迷う」という感覚がなくなっていることに気づいた。

 もしかしたら、男の体になったことで「方向感覚」とか「空間認知能力」とか増えたのかも。


「ふふふ、これで『迷子ってスキル持ってるんじゃない?』とか『なんでトイレ行くのに外に出ちゃうの?』なんて言わせない」


 うん。わかってるよ。

 私の方向音痴は、他の追随を許さぬレベルだったってことをね。 


 この世界で私にツッコミを入れてくれる友人はいない。

 ちょっと寂しいけど、これは後々、自分の中で折り合いをつけていかないとね。

 今はまだ、その時じゃないはず。切り替えよう。


 神殿に到着すると、最初に出迎えてくれるのは美しい女神像。

 水瓶を持っているから、やはりこれは水を司る神様なのだろう。


「えっと……今朝は、お騒がせしました」


 なんとなく気まずい感じになった私は、女神像に向けてペコリと一礼する。

 お金に余裕が出たら、ちゃんとお布施することにしよう。そうしよう。


 神殿の入り口に向かえば、神官服の男性が私を見て深々とお辞儀してきた。

 つられて私も深々とお辞儀。日本人あるあるだね。


「神官長より話を聞いております。ご案内いたしますので、どうぞお入りください」


「よ、よろしくお願いします」


 あれ? 依頼書を見せてないのに大丈夫なの?


「依頼書は神官長にお渡しください」


「あ、はい」


 ここまで小走りできたので、ちょっと手汗で湿っている依頼書のシワを気にしながら反対の手に持ち替える。

 この世界でも、クリアファイルが欲しい件。


 男性神官さんの案内で、昨日と同じ礼拝堂に案内される。

 そこでは、神官長さんの前で数人の神官服を着た人たちが歌っていた。


 いや、歌じゃない。

 これは昨日も聴いた『祈り』……かな?


「彼らは見習いです。今、神官になる試験を行なっておりまして」


「そう、なんですか」


 男性神官さんの説明を、なんとか平常心で返す。

 だって、ちょっと、これは……。


「はい、よろしい。結果は明日」


 気合の入った「ありがとうございます!」に、苦笑気味の神官長さん。


 うん。わかるよ。

 昨日聴いた、神官長さんの『祈り』と、ぜんぜん違うんだもん。


 こう見えて(?)私は声や音に敏感だ。

 カラオケでセクハラ上司が、元の歌とまったく違う音で歌っていた時、くしゃみするフリをして演奏停止のボタンを押したりしたよね。

 あ、もちろん上司には嫌がらせとしてやっただけだから安心してね。(安心、とは)


 見習いさんたちを礼拝堂から出るのを見送った神官長さんは、ひと息吐いたところで私を見て微笑みを浮かべる。


「ああ、クリス殿、依頼を受けてくれてありがとう」


「私でよろしければ……と思いましたが、すみません、ギルドで依頼の説明を受けていなくて……」


 朝イチで、依頼内容だけでも聞いておけば良かったと後悔してしまう。でも、依頼書を受け取った神官長さんは、さらに笑顔を深めて言った。


「ここに君が来てくれた。それだけで、依頼を達成しているようなものだよ」


「それなら良いのですが」


 苦笑しながら手に持っていた依頼書を見ると、そこには……。


「そこに書いてある通り、今日は『祈り』について勉強してみようか」


「……はい?」


 間抜け面をしているであろう私に、神官長さんは笑顔で説明してくれる。


「まれに、神官の適性を持つ人がいるから、定期的にギルドに依頼を出しているのだよ。今回、それは君だったというわけだけど」


「そう、でしたか」


「基本である『祈り』は、おぼえておいて損はないものだ。魔獣を討伐するハンターたちは、適性がなくとも皆学んでいるのだよ。何かで開花して、死から逃がれることがあるからね」


「なるほど。素晴らしい取り組みですね」


「この町を治める領主様の取り組みなんだ」


 それはすごい。

 これって、危険な仕事をする人たちの、生存率を上げようという取り組みだよね。

 もしかしたら領主様って、若い頃は「世界を見たい」とか言って冒険やんちゃしていたとかいう経歴の持ち主だったりして。


 うーん、それにしても。

 この地域独自の事とはいえ、神官の適性や諸々について私は勉強不足だった。

 こんなことなら、事前にギルドで説明を聞いておくべきだった。私のバカ。


「構えなくともいいよ。昨日のように、鼻歌を歌う感じで『祈り』を発動させたらいい」


「鼻歌?」


「昨日、君は『祈り』の旋律を奏でていただろう?」


「ああ、そう言えば……。でも、それでいいんですか?」


「それでいい」


 不意に真剣な表情になった神官長さんが、私をまっすぐに見ている。

 まぁ、鼻歌でいいって言うなら、歌ってやろうじゃない! フンスフンス!


「ラーラララー♪」


 うん。さすがに鼻歌は無いなと思って、スキャットっぽくしてみたよ。

 そこに神官長さんが『祈り』を重ねてくれる。


 あ、言葉もあるのね。

 歌詞が分からないなぁと思ってたら、案内してくれた神官さんがそっと手渡してくれたのは革の表紙の本。

 開いてあるページには、蔦のような模様と言葉の羅列。


  天におられる神々よ、願わくば平穏を我らに与えたまえ

  世界に満ち溢れる御力の、ひとしずくを我らに与えたまえ

  祈りよ、我らの苦しみを救い、癒し、愛したまえ


 何度か繰り返すと、だいぶいい感じに歌えるようになってきた。もう見なくても歌えるぞ。歌うの好きだから、歌詞をおぼえるの得意なんだよね。


「あれ?」


 なんだこれ。

 開いてあるページが、光ってる?



  

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