7、異世界の流行にのるかそるか


 身だしなみを整え、宿泊所の食堂でスープだけという軽い朝食をとる。

 そして、ギルドの受付前を通って外に出た私は、大きく深呼吸をした。


 スゥー、ハァー。


「よし、落ち着いたままだね。これなら大丈夫」


 男の体になってから、月に一回の辛い経験から逃れることができたと喜んでいたのに、まさかの落とし穴だった。

 そしてノーパンで寝た私、グッジョブ。パンツはいたまま寝てたら大惨事でした。


「男の人って毎朝こんなことになるとか、大変なんだな……」


 エセくさい関西弁の男神は「慣れれば気にならんし」って言ってたけど、こんなの慣れる気がしない。

 あと神様ネットワークの遅さは改善して欲しい。


「いや、風の神様はレスポンス早かった感じだから、これは水の特性かな?」


 風は音とかに通じてそうだから、音速でいけるのかもなどとつらつら考えていたら、後ろから声をかけられる。

 昨日、登録の時に受付にいた男性だ。グイグイくる女の子じゃなくて、ちょっとホッとした私は、笑顔を向ける。


「おはようございます。私に何か用ですか?」


「お出かけのところすみません。神殿から、クリスさん指名で依頼が入っておりまして……」


「え? 私に指名?」


「できれば、お昼前に神殿に来て欲しいですとのことで、声をかけさせていただきました」


「買い物してからでもいいですか? 終わったら受付に伺います」


「ありがとうございます。お待ちしております」


 ほっとしたような笑顔の受付の人。もしかしたら神官長さんからの依頼だったのかなと気づく。

 あの神殿での様子を見る限り、まぁまぁ高い地位にいるのではないかと思わせる人だ。もし断ったら、ギルドの人が大変だったのかもしれない。


 ただひとつ、確認しておくことがある。


「あの、お兄さんはいつまで受付にいますか?」


「え? 自分ですか? 夕方前には交代になりますが……」


「了解です」


 うん。あの女の子、ちょっと苦手なんだよね。

 ギルドでは、お兄さんとやり取りするようにしよう。


「神殿の依頼は昼まで受けていただくことになっておりますが、依頼完了の報告は翌日の昼でも大丈夫です。夜を徹して作業をする案件もございますので」


「よかった! じゃあ、なるべく早く買い物をすませてきますね!」


 何かを察した受付の男性からのアドバイスを受けて、がぜんテンションが上がる。


 私は男の体になったからといって、女の子と恋愛したいわけじゃない。

 かといって男性と……というのもハードルが高い。私に関わることじゃなければ、性別関係なく自由に恋愛してもらって結構なんだけどね。

 受付のお兄さんのような、ビジネスライクなお付き合いができる人は貴重だ。


 どうやら私、この世界では「イケメン」みたいだからね!(受付の女子談)







 生活用品を置いてある店は、ギルドの近くに何店舗かあった。

 なぜこんなに密集しているのかというと、魔獣討伐を専門とするハンターや商団を護衛する傭兵がギルドを中心として動くため、旅に必要な物品を求める人が自然と集まるからとのこと。


 これらは、いくつかある雑貨店のひとつ、商品を可愛らしくディスプレイしている女性店員に教えてもらった。

 彼女は私を見て一瞬大きく目を見開いたけど、すぐに接客モードの笑顔に戻ったプロの店員だ。


「うちの店は女性の方にも好評で、他国の珍しい品物なども置いています。よろしければ見ていってください」


「ありがとう。実は、肌の乾燥が気になっていたんです」


 結婚式の最中に転移してきたから、化粧道具一式も持っていない。

 男だからとスキンケアを怠ると、後々大変なことになるんだよ。


 もちろん、高かったら買わない。

 昨日のセバスさん(執事?)からお礼がいくらもらえるか分からないし。


「お客様は綺麗なお肌をしていますから、オイルやクリームなどでお手入れをした方が良いと思います」


「髪用のオイルって、ありますか?」


「ありますよ。ちょうど東の国から入荷した花の種のオイルがあります」


「おお、東の国」


 異世界ものでちょいちょい出てくる「東」というキーワードに、内心盛り上がる私。

 でも、お高いんでしょう?


「お値段は少々お高めですが、髪だけじゃなく体にも使えますし、持ってて良いものだと思いますよ」


「あの、これで交換できますか?」


 取り出したのは、前の世界で着ていたドレスだ。

 今(おとこ)の体(きんにく)で破けちゃったけど、布として売れるかなと思って。

 あとラメの付いている派手なハイヒールも。

 下着はやめとておくよ。さすがに恥ずかしいからね。


「これは……!!」


「姉のものなのですが、服は破けているし、靴は大きさが合わないとのことで売ろうかと……」


「んほっ、ほかにも持ってらっしゃいますか!?」


 なんか変な声が出ている店員さん。さっきまでの接客モードはどこにいった?


「すみません、これしか持っていなくて」


「そうですか。残念です」


 しゅんとした店員さんは、取り乱したのを自覚したのか頬を染めてドレスから私に視線を戻す。


「す、すみません。見たことのない素材だったので、つい」


「いえ、大丈夫ですよ」


 こっちの世界では無いものなのかな?

 ナイロンとかプラスチックとか、理系じゃないから質問されても説明できないよ?

 

「服の型も、こちらでは見たことがないものですね。もっと西か、別の大陸のものでしょうか」


「そうかもしれません。姉のもの、だったので、詳しくは……」


 歯切れの悪い私の説明に、ハッと何かに気づいた様子の店員さん。

 もしやお姉様は……とか呟いているけど、架空の人物なのでそういうのじゃないですよ。

 でもこの勘違いはありがたい。店員さんには申し訳ないけど、この流れに乗っからせてもらおう。


「他にも必要なものがあるので、あわせて会計をお願いします」


「かしこまりました」


 ありがたいことに、男性向けの「ちょっとおしゃれな」服もあった。

 店員さんオススメの普段着を数点購入することに。

 そしてなんと、この世界のゴワゴワした半ズボンみたいな下着以外のものが置いてあった! この心地よい肌触り、通気性のよい素材、これぞ私の求めていた下着!


「これ、これってもしかして、下着ですか!?」


「まぁ、さすがお客様はご存知なのですね。これも東の国からのもので『フンドゥシ』と呼ばれています」


「これ、ください!!」


 テンション爆上がりの私は、つい二十枚も買ってしまった。あまり売れ残りだからと値引きしてくれたのもあるけど、売れない理由がさっぱり分からない。

 これの良さを宣伝するから今後もぜひ仕入れてほしいとお願いしたら、クスクス笑いながら快諾してくれた。

 お姉さん笑い事じゃないよ? 死活問題なんだよ?


 その他タオルやシャンプー、スキンケア用品を買ってもまだお金が返ってきた。

 こっちの物価はわからないけど、向こうで十万円くらいだったのが、こっちだと三倍くらいの価値になったイメージ。

 ここにはない素材っていうのがあるかもだけど。


「ギルドの宿泊施設を追い出されても、一ヶ月くらいの宿代はあるかな」


 店から出ると、コインが入っている袋をじゃらつかせる。まぁまぁ重たい。

 そして生活用品諸々は、まとめてギルドの部屋に届けてくれるとのことだ。至れり尽くせりだね。


 やばい。けっこう長居してしまった。

 昼までにギルドで神殿からの依頼を受けないと。

 いっそげー。

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