6、困った時の神だのみ


 神殿を出た私は、夕方近くなったのでギルドに戻る。

 無料の食事も出ると聞いていたから、ありがたく利用させてもらおう。


「あれ?」


 受付を見ると、栗色の髪をポニーテールにしている可愛らしい女の子がいる。

 さっきは若い男子がいたけど、交代したのかな?

 じっと見ていたら、視線に気づいた彼女が椅子からぴょこんと立ち上がる。


「先ほど、ご登録されたクリス様ですね! おかえりなさいませ!」


「た、ただいま」


 カウンター越しじゃなければ、こっちに近づいてきそうな勢いだ。


「わぁ、聞いてたとおりカッコイイ……」


「はは、ありがとう?」


 グイグイ来る人って苦手。

 だけどこの子の場合、芸能人とかに接するみたいな態度だから大丈夫なんだけど……今の私、きゃあきゃあ言われるような外見になってるの?


 カウンターの横を突っ切ると奥にドアがあって、そこから宿泊施設になるとのこと。

 部屋の鍵を受け取って受付の女子に礼を言ったら、さっそく宿泊施設へと向かう。


「一階は食堂か。あ、なんかすごくイイ匂いがする」


 そういえば、この世界に来てから小川で水くらいしか飲んでいない。

 お腹すいた。まずはご飯だ。


 部屋の鍵を見せると、食事が出てくるシステムだった。

 夕食は、パン(食べ放題)とスープ、その日に仕入れたメインディッシュ(肉か魚)といった感じのメニューだ。

 朝と昼はパンとスープだけとのこと。野菜が欲しい。


 飲み物は水かワインだ。

 牛肉なら赤が欲しいけど、私は白が好きなんだよね。

 聞いたら白は無かった。残念。


 パンはすごく硬くて、肉は焼いた牛っぽいものが出されたけどやっぱり硬い。

 ただスープは野菜たっぷりで、空きっ腹に優しい味付けだった。


「お酒やめとこう。この体で飲んだら、どうなるか分からないし」


 この体に慣れたら色々と飲んでみたい。

 たくさんは飲めないけど、お酒の味は好きなのだ。


 食堂にいる利用客は私だけ。

 パンのおかわりをするついでに聞いたら、利用者たちはもっと遅くに来るそうだ。

 今日はもう疲れたから、静かに食事できるのはありがたい。


「ちょっと早いけど、部屋で休もうかな」


 受付のある場所は石造りだったけど、宿泊所は木造だ。

 木のぬくもりを感じる造りに少しテンションを上げつつ二階に上がると、全部の部屋のドアが開いている。

 おお、もしや一番乗りかな。

 

「良かった。綺麗な部屋だ」


 ベッドとサイドテーブル、荷物を置くスペースくらいしかないシンプルすぎる部屋だ。

 いや、家具とかどうでもいいよ。清潔なのが一番ありがたいよ。


「あ、それより鏡、鏡」


 トイレは共同(なんと水洗!)だけど、シャワールームは各部屋についている。

 そこの壁に付いている身だしなみ用の小さな鏡で自分の姿を見た瞬間、変な声が出た。


「私……だね。一応」


 茶色だった長めのショートボブは銀色になっていて、目はアメジストみたいな紫色。

 元々可愛いというよりはシンプル?な顔立ちだったからか、男になってもあまり違和感はない……と思う。

 さっき受付の子からもカッコイイと言われたし、なかなかイイ感じの青年に見えるのでは?(願望)


「喉ぼとけがある。ふへへ、いいね、これいいね」


 自分の喉を触りながらニヤニヤするのは我ながら不気味だと思うけど、憧れていたんだからしょうがない。

 男の醍醐味?ってやつでしょ。ふへへ。


 ふと気づく。

 もしや、この世界に共同浴場という概念があれば、今の私は男湯に入れるのでは?


 違いますよ。

 やらしい目的ではなく、純粋に男性の体に興味があるだけです。

 前の世界での愛読書は毎年刊行される「世界のイケ筋肉百選」だったというのも、純粋な知的好奇心を持つがゆえに、ですよ。

 でも湯船には浸かりたい。シャワーじゃ物足りないし、疲れも取れない気がするんだよね。


「よし。まずは共同浴場、もしくは温泉地を探すことだ」


 うむ!!

 この世界での目標が、見えたぞ!!(見えた、とは)


 シャワーはレバーを捻れば水が出るようになっていた。出てくる水は、少しぬるいけど冷たくはない。これ、どういう仕組みなんだろう? 

 備え付けの石鹸で頭から爪先まで洗いながら、明日はシャンプーを探すことを決意する。

 石鹸だけだと髪がパサつくからね。ヘア用のオイルとかでもいいけど。


 荷物袋に入っていた布で体を拭く。

 そしていくつかある服の中で、ゆったりとしたチュニックをパジャマがわりにした私は、充実した気持ちでベッドへと入った。


 なお、下着は洗って干しておいた。(レース付きなので手洗い)


 






 明け方。

 ふと目覚めた私は、体に異変を感じる。


「え、うわ、なにこれ、やばくない!?」


 スプリングはきいていないベッドから、慌てて起き上がる。

 ふお、腹筋めっちゃあるね! 起き上がるのがめっちゃスムーズだね!

 いやいや、今はそれどころじゃない!


「なにこれ、どうしたらおさまるの!? なんでこんなに張ってるの!?」


 下半身の違和感にパニックになる私。

 いや、話には聞いていたけれど、それってちょっと『えちちち』な夢とか見たりしたらなるやつじゃないの!?

 どうしよう! どうしたらいいの!?

 助けて女神様ぁぁぁ!!!!


 すると泣きそうな(いや、すでに泣いている)私の頭の中に、直接声がきこえてきた。


『いやいやいや、ハル、ちょっと待って!! それで女神を呼んじゃう!?』


 だって! すんごい張ってるんだもん!


『健康な男子って証拠……じゃないの? 女神だからわからないけど』


 うわーん! 助けてー! なんか痛くなってきたー!


『え? 痛いの? ちょ、ちょっと待ってて! 今、男神に連絡とってみるから!(ガーガガガー、ピーヒョロロロー)』


 めっちゃいにしえの接続音が聞こえてくるんですけど!?

 それ、絶対遅いやつじゃない!? 光とかにしなさいよ!!


『私、水だもん! 光とか管轄外だもん!』


 だもんって言われても……あ、痛い、痛たた……。


『うわーん! ハル! 死なないでー!』


『死ぬかボケェ! んなしょーもないことで、朝っぱらから起こすなアホォ!』


 やだ。急にエセくさい関西弁のやからが出てきた怖い。


『ほんと、風のはガラ悪いから、困るわぁー』


『おま、ざっけんな! 水のが呼んだんやろがい! あとエセくさいって何や! ワイが本家本元やっちゅーねん!』


 もう、朝から騒がしいなぁ。ちょっと静かにしてよ神様たち。


『え!? まさか私も騒がしい側に入ってる!?』


『元凶が何ゆーてんねん! しばくぞ!』


 あ、ごめんなさい。

 そして下半身もおさまってました。ありがとうございます。


『結果オーライ、かしら?』


『なにがオーライじゃ。たかが男の生理現象ひとつで、朝からピーピー鳴らすなや』


 だ、だって、男の体、初めてだったんだもん。


『ハル、言い方』


『はぁ……、そんなん深呼吸しとったら自然とおさまる。次からそうしとき』


 了解です!

 ところで、風の神様ですか?


『おう。この世界じゃ商売の神としても有名や。よろしゅーたのむわ』


 なるほど関西弁……なのか?(エセ疑惑)

 どこかで聞いたような声だけど、気のせいかな?


『じゃ、今度はもっと普通の時に呼んでね、ハル』


『せいぜい気張っとき』


 ありがとう女神様!

 そして、エセくさい関西弁の神様よ!



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