4、探し物は何ですか?
がっくりと床に膝をつくセバスさんに、ギルド職員さんが問いかけている。
「盗られた荷というのは? お金でしょうか?」
「金はどうでもいい。フェルザー家のブローチだ」
へぇ、フェルザー家の……って、もしかして私が持っているブローチのことじゃない?
でも、ここで「ブローチってこれですかぁ?」なんてアホみたいに言ったら、盗賊の仲間だと思われちゃったりしちゃったりなんかして。
それに、荷物袋に入っている服を拝借しちゃってるし……これ、ヤバくない?
「ああ、旦那様になんと言えばいいのか……」
ロマンスグレーなおじさま困ってらっしゃる。
ここで名乗らにゃ、女……じゃない、男がすたるってもんだ。
「あの、すみません」
「……あなた、は?」
私を見て驚くセバスさん。
なぜか会う人たちが皆一様に私を見てびっくりするのだけど、何でだろう? ま、いいけどさ。
「町の近くにある小川で、この荷物袋を拾ったのです。そこにブローチが……」
「ブローチ!?」
荷物袋とブローチを差し出すと、セバスさんは震える手でブローチだけを受け取った。
「こ、これです。これなんです。ああ、神よ……!!」
あ、この世界にも神様がいるんだね。勉強になるわぁ。
「すみません! お名前は!」
「
「クリス様! 明日、必ずギルドにお礼をしに参りますので、今は失礼させてください!」
「大丈夫ですよ。お急ぎでしょうから」
「感謝いたします!!」
そのまま走り出ていこうとするセバスさんに、慌てて声をかける。
「あの、この荷物袋は?」
「差し上げます!! お好きになさってくださいませ!!」
「そうですか。ありがとうござ……行っちゃった」
よほど急いでいたのだろう。話の途中で飛び出していったセバスさんに苦笑していると、おずおずと男性ギルド職員が声をかけてくる。
「あの、ありがとうございます。もしや、当ギルドに御用があったのでは? ご登録はされていますか?」
「いえ、職を得るために、ギルドに登録をしようと思っていたのです」
「そうでしたか! では今から登録しましょう。フェルザー家のセバス様からのお礼もあるでしょうから、登録されれば伝言などをギルドで預かることもできますよ」
「助かります」
お礼は荷物袋に入っている服一式で充分なんだけどなぁと思いながら、とりあえずギルドに登録をしてもらう。
この世界の「ギルド」は、いわゆる職業案内所みたいなものらしい。魔獣(!)退治から清掃業務まで、幅広く仕事を紹介してくれるそうだ。
登録する時に必ずするという規約の説明も、ちゃんと受けましたよ。情報は大事だからね。
元の世界で社会人やっていれば分かるようなルールしかなかったよ。
依頼をこなせなかったら罰金とかも、受諾する都度確認するとかね。
会社員やってた時も、依頼内容はしっかり確認しないと後で大変なことになっていたからね。ふふふ。(暗黒時代)
門に入った時に見た石版のミニチュア版みたいなカードをもらって、うっすら浮き出た「クリス」という文字に感動していると、ギルド職員さんが「そういえば」と問いかけてくる。
「本日、泊まる場所はお決まりですか?」
「まだです」
さすがに無一文だと言えずにいると、人の良さそうな男性職員はニッコリ微笑んだ。
「イアル町のギルドでは、登録時に宿泊施設を一週間無料で利用できます。軽くですが食事も付きますので、ぜひご利用くださいませ」
「え!? それは素晴らしいですね!」
「さきほどのセバス様の
「それはありがたいですね」
やたら親切なギルド職員さんに感動しながら、とりあえず部屋を一週間借りることにする。
この町で仕事がなかったら他の町に行くことも考えないとだけど、親切な貴族様?もいるみたいだし、ここでしばらく頑張ってみようかな。
さっきのセバスさんとの出会いで、変なフラグ立たないといいなぁ。
さっそくギルドの会員証を提示して、宿泊施設の使用予約を入れた私は、夕食の時間まで町の中を散歩することにした。
この世界に来た時に着ていた服や靴が、もしかしたら売れるかもって思ったんだけど……。
「どこで売れるのかな?」
石畳みの道、石造りの建物が並ぶ綺麗な町なのだけど、いかんせんどこに何の店があるのかが分からない。
市場っぽい区画があるけれど、時間も夕方に近いせいか屋台をたたんでいる人たちが数人見えるだけだ。
「ギルドの人に聞いておけば良かったかも……おっと!」
走ってきた子どもがぶつかってきて、思わず受け止めたのは女の子。
よそ見して、バランスを崩した男の子が転んでしまった。わぁ、痛そう。
「君、大丈夫?」
「うう、だいじょぶだ」
いやそれ、大丈夫のレベルこえてない?
石で舗装された道の、ちょうど尖った部分に当たったらしく、かなり血が出てしまっている。
でも、心配そうに見る女の子を意識しているのか、強がっている男の子をフォローしないわけにはいかない。
「君は強いから大丈夫かもしれないけど、手当てはしたほうがいいね」
「こんなの平気だ!!」
強がる男の子。
なぜか女の子が私に熱視線を送ってくるから、対抗意識が出ちゃってるみたい。
うーん、ここは私のうっすい知識で何とかせねば。
「でもね、いつも危険と隣り合わせの男は、ほんのかすり傷でもしっかりと治療をするそうだよ。痛みで集中力が切れたら、いざというときに大切なものを守れなくなるからね」
「大切なもの……わかった。ちゃんと手当てする」
「よし。それでこそ男だ」
男の子が治療に納得したのはいいけど、かなり血も出ているし、どうすればいいのか……。
「おや、大丈夫かね? 怪我をしたところを見せてごらんなさい」
「神官長様!」
現れた老人に子どもたちが寄っていったところを見ると、どうやら知り合いらしい。
ファンタジーでよく見るような神官服っぽいものを身につけているし、何より「神官長」と呼ばれている。
変な人ではないだろう。たぶん。
少年を撫でる神官長さんに向かって、私はペコリとお辞儀をする。
「すみません、この子は私にぶつかって怪我をしてしまったのです」
「君は……この町では見かけない顔だね?」
神官長と呼ばれているからか、私を見る彼は何かを見通すような目をしている。
この町どころか、この世界に来たばかりの私は余所者だし、笑顔の裏で警戒されているのかもしれない。
ここは丁寧に対応しよう。
「はじめまして、神官長様。旅をしている栗栖と申します。この町には職を求めて来たのですが、先ほどギルドに登録したばかりでして……」
「ふむ、なるほど……クリス殿、イアルの町へようこそ」
好々爺といった風体の神官長さんは、ハンカチを取り出すと男の子の膝にある傷をそっと抑える。
「いて!」
「もう少しの我慢だよ」
そう言って目を閉じた神官長さんは、ゆったりと声を響かせ歌い出した。
え、急にどうした? なんで歌ってんの???
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