3、初馬車と初農夫と初幼女



 ちょっと走れば、あっさり森を抜ける。

 前とは違い、走っても息の切れない体に驚きながら、私は音がする方向を木の影からこっそりと見る。

 だって、ほら、変な人だっら怖いじゃん。


「ほーう、ほう」


 いかにも農夫といった風体の男性が、荷車を馬に引かせている。

 御者台には小さな女の子もいた。これはチャンスだ。


 するりと木の影から出て、馬車が向かうだろう方向へゆったりと歩き出す。

 農夫は警戒したような気配をみせたけど、私がひとりであるのと、武器を持っていないのが分かったのだろう。馬車の速度を落として話しかけてきた。


「兄ちゃん、どうしたんだい?」


「この先の町へ向かおうかと……さっきまで小川で休憩していたのです」


「ああ、あそこかい。あの場所は水も飲めるからなぁ。町まであと少しだから頑張れよ」


「はい。ありがとうございます」


 笑顔で礼を言う。

 言葉が通じることに嬉しくて、思わず叫びたい気分だったのを我慢する。


 この体が男で良かった。

 女性ならではの色々な心配をしなくてもいいし、この世界に慣れる前から月一で煩わしい思いもしなくていい。異世界の神様?ありがとう。


 ここから町まで近いという情報はありがたいとホクホクしていたら、小さな女の子が声をかけてくる。


「お兄ちゃんも一緒に馬車でいこうよ」


「これ、マリー」


「はは、ありがたいけれど、お馬さんが大変そうだから遠慮しておくよ」


「ジンは強い馬だもの。大丈夫よ」


 後で聞いたところ、私の外見や言葉遣いは平民に見えなかったらしい。変なことに巻き込まれないよう農夫は娘を止めようとしたらしいけど、マリーちゃんはなかなかに強情だった。


「すみません、後ろに乗っても大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。すまねぇな、うちの娘が無理をいったみてぇで」


「こちらは助かります」


 遠慮なく荷台に乗ると、たくさんの野菜が積まれていた。

 人参、キャベツ、ジャガイモ……名前が同じかは分からないけど、食材自体は元の世界と同じみたいだ。


「えへへ、銀色の髪に紫の目って、物語の精霊王子様みたい! かっこいいね!」


「そう? ありがとう」


 マリーちゃんの言葉で、自分が銀髪に紫目だということを知る。

 顔も変わっているのかもしれない。どこかで確かめないと……。

 あ、そうだ。


「あの、職探しなら、やっぱりギルドですよね?」


「そりゃそうだな」


 よし、この世界にはギルドってところがあるんだね。確認できてよかった。


「お兄ちゃん、王子様なのにお仕事するの?」


「こら! マリー!」


「ふふ、王子様だって仕事をしないとダメなんだよ」


 そうなんだぁと目を輝かせているマリーちゃんが可愛い。農夫のおじさんは申し訳なさそうにしている。


「もしかして、イアル町は初めてかい? ギルドなら門を入って右手にあるよ」


「ありがとうございます」


 必要な情報をゲットしたところで、イアル町とやらに到着する。

 短時間しか一緒じゃなかったのに、泣いて別れを嫌がるマリーちゃん。

 軽くハグして「また会おう」と約束したら、のぼせたように真っ赤になってしまった。大丈夫かな?


 荷を届ける農夫の親子は優先的に町へ入れるらしく、私は順番を待つことにする。

 行列はすんなり進み、ガタイのいい兵士の男が私を見て少し驚いたような表情をした。え、なんだろう。やっぱり怪しいかな私。


「この町に来た理由は?」


「職探しです」


「では犯罪履歴がないか、この石版に手を置いてください」


「はい」


 ふぉぉ、ファンタジーと興奮していた私だけど、手を置いてから気づく。

 落とし物拾って、それが盗難だと思われたどうしようと。


 淡く青い光を帯びた石版に、兵士はうなずく。


「問題ないですね。どうぞ通ってください」


「ありがとうございます」


 内心、大汗をかいている私は、爽やかな笑みを兵士に向けて門を通る。

 後ろで顔を真っ赤にした兵士がいたことに気づかぬまま、私は意気揚々とギルドへ向かう。


「荷物を拾っただけなら、犯罪じゃなさそうだな。でもブローチは大事なものっぽいから、どこか届けるところがあればいいけど……」


 ギルドと呼ばれる場所は、すぐに見つかった。

 古きヨーロッパといった町並みで、舗装された道路はとても歩きやすい。文明レベルは中世よりも新しい気がする。

 ごめん。歴史に詳しくないから「気がする」だけで根拠はないです。


 石造りの建物は、まるで防御壁のように頑強なものに見えた。

 ギルドって、荒くれ者たちの集まりってイメージだよなぁと、ちょっとビクつきながらも堂々と入っていく。ハッタリ大事だからね。


 中に入れば、すっきりと綺麗な「お役所」といった感じで、騒ぐ人もいなくてとても静かだ。

 もしかしたら今は空いている時間帯なのかなと、受付を見れば立札が置いてある。


「ん? お昼休憩?」


 じっと見れば意味が頭に入ってくる。

 文字が読めるのはありがたい。書けるかは後で確認してみないと。

 お昼休憩ならしょうがないかなと思ったところ、ギルドの入り口に飛び込んできたのはロマンスグレーの男性だった。


「だ、誰か!! 誰かいないか!!」


 荒い息をついているところから、よほど急いでいるようだ。

 でも残念。今はお昼休みなんだってさ。

 休みは大事だよ。ちゃんと休まないと誰かさんみたいに倒れちゃうからね。ふふふ。


 すると、奥からギルドの職員さんが出てきた。

 緊急事態が発生した時のため、待機している人員がいるのかも。


「どうなされましたか? フェルザー家のセバス様」


 うやうやしく対応するギルド職員さんに、ロマンスグレー改めセバスさんが、申し訳ないといった表情で事情を説明する。

 セバスって名前……まさか執事だったりして?


「緊急の要件だ! 主人の馬車が盗賊に襲われた!」


「なんですって!? 盗賊は!?」


「家人は無事だ。しかし、荷を盗られて逃げられた」


「急ぎ、ギルド長に伝えておきます。町の周辺に盗賊が潜んでいる可能性もありますから」


「荷は……荷はどうなる?」


「しばらくお待ちいただくしか……」


「なんと……それでは間に合わない」


 セバスさんは床に膝をつき、ガックリとうなだれてしまった。

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