第1章
1.夢を語らう文芸部。
翌日の部活。
俺たちは各々に、自分の見た夢について語ることになった。
「ふふん、それじゃ! アタシからだな!」
そう言って、楽し気に名乗りを上げたのは凪咲。
彼女はノートを開くと、思い出すようにしてこう話し始めた。
「まず――アタシは勇者だった!」
「お、おう」
あまりにザックリとした解説。
「世界には多くの魔物が存在し、アタシはその魔物を打倒すべくして立ち上がった勇者だったんだ! 武器は森の奥深くから見つかった聖剣でな、普通の武器では傷つかない魔物を倒せる唯一のものだった。ちなみに、ふたりも出てきたぞ? 陽子は聖女として、そして明海氏は――」
鼻息荒く語っていたかと思えば、そこでふと俺の顔を見た。
首を傾げると、少し考え込んだようにしてから……。
「アタシの、下僕だった」
真顔でそう言った。
「おい、ふざけんな」
「仕方ないだろう? 普段からそう思って――もとい。夢というのは、その者の経験から構築される、いわゆる記憶の再生だ。仕方ない、仕方ない」
「言い直したけど、それもっとヒドイ言い方になってないか?」
すかさずツッコミを入れると、彼女は肩をすくめてため息。
コイツ――ずっと、俺のことを下僕だと思っていやがったのか。ふざけんな、と声を上げたくなった。でもどうせ凪咲のことだ、言っても聞かないだろう。
だったら、こちらが大人になってやるしかない。
命拾いしたな、凪咲。
「拓馬くん? その、物凄く小刻みに震えてるけど……」
「あぁ、全っ然大丈夫っすよ? ……えぇ、ホントに」
「そ、そう……?」
優しく微笑み返すと、なぜだろう。
朝倉先輩は明らかな苦笑いを浮かべてしまった。
「それで、そのあとはどうなったんだよ」
「む……?」
ひとまず、クラスメイトの少女に続きを催促する。
すると彼女は、少し記憶を手繰るようにしてから頷いた。
「魔物には、親玉がいてな? そいつを倒すために、アタシたちは力を合わせて立ち向かったんだ。そして、すべてを解決してからは――」
「解決してからは……?」
「…………」
「おーい? 凪咲さーん」
だが、そこまで語ったところで。
「ひゃうっ!」
突然、凪咲は顔を真っ赤にして小さくなってしまった。
「どうしたんだよ……」
「どど、どどどっどど、どうもしておらんわ! この破廉恥!」
「はぁ!?」
少し驚きながらも声をかけると、あからさまに狼狽えて暴言を吐いてくる。
思わず睨みつけ、にじり寄ると凪咲はさらに赤くなってしまった。
「あ、アタシに近寄らないで!? その、うん……!!」
「いや、意味分からねぇよ!?」
「とにかく、明海氏はダメ! ダメなの!!」
「お、おう……?」
まるで、か弱い女の子のように。
両手でいやいやしながら、彼女は視線をそらした。恥じらいなんて、この凪咲にはあってないようなものだと思うのだが。
今ばかりは全力、必死の懇願であるように感じられた。
「まぁ、いいか。とりあえず終わり、か?」
「う、うむ……」
なので、そう言って話を切り上げる。
するとどこか気恥ずかしそうに、凪咲は髪を弄りながら頷くのだった。
「あらあら……」
「え、どうしたんですか。先輩」
「いえ~? 凪咲ちゃん、可愛いなぁ……って」
「はぁ……?」
そして、ふとそんな様子を見て朝倉先輩が優しく微笑んだ。
凪咲の見てくれが良いのは同意だが、やはり意味が分からない。俺はしばし頭を悩ませたが、とりあえず切り替えることにした。
そのタイミングで、だ。
「明海氏は、どんな……?」
まだ回復しきっていない凪咲から、そんな問いがあったのは。
「俺……? 俺の、夢か……」
そういうわけで、今度は自分の番。
なのだが、閉じられたノートを見て俺は少し考えた。そして……。
「いや、実は夢らしい夢、見なかったんだよ」
つい、嘘をついてしまった。
どうしてかは、自分でも分からない。
もしかしたらあの夢のことを、恥ずかしいと感じたのかもしれない。
「ふむ……。たしかに、夢も毎日見るとは限らないからな」
しかし疑うことなく、凪咲は腕を組んで頷いた。
どうやら、上手くごまかせたらしい。
「では、陽子はどうだったのだ?」
「私……?」
そうなると、次は先輩。
凪咲の問いかけに、彼女は一瞬だけ表情を強張らせた。
そして、困ったように笑いながら言う。
「実は、私も見れなかったの。ごめんなさいね?」――と。
だけど、どうしてだろう。
俺にはそれが、嘘のように思えてしまった。
自分も同じことをしたから、だろうか。そう思えて仕方なかった。
「なら、今日はここまでですね」
それが気になりはしたが、追及するのも野暮だろう。
そう考えて俺は、話を切り上げた。
でも、瞼の裏に焼き付いてしまったのだ。
朝倉先輩の、あの微笑みが。
どこか悲し気な色を浮かべた、あの表情が……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます