2.立花凪咲。









 昼休みになって、教室の中はにわかに騒がしくなってくる。

 俺は先ほどの一件があって、同級生にいじられていた。



「明海、最近ホントに同じことやってるよなぁ」

「そうそう。寝惚けて大声出して、みんなに笑われるやつな!」

「うるせぇー……。俺だって、好きでやってるわけじゃねぇっての」



 春麗らかな日差しに照らされた窓際の席。

 男子生徒二人――伊藤と佐藤――が、うな垂れる俺を見てまた笑った。少しばかりムッとしてしまうが、そもそもの非が自分にあるので強くは言えない。



「それより、今日は凪咲のやつどうしたんだ?」

「あぁ、立花か。なんでも噂では遠い親戚の葬儀、だってさ――午後からは出席するから、とか聞いたような?」

「へー……。なんか、変則的なんだな」



 普通、親戚が亡くなったらしばらく休むものだと思った。

 それでも出席するってのは、変わり者のアイツらしいけれど。もしかしたら、遠い親戚というのも本当に遠い相手なのかもしれなかった。



「お、噂をすれば……!」



 そうこう言っていると、何やら廊下から騒がしい声が聞こえてくる。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ! という、擬音でしか表現できない足音の正体は間違いないだろう。

 教室のドアが勢いよく開かれ、一人の女子が声を上げた。





「諸君! おはようなのだ!!」





 満面の笑みを浮かべて、ビシィ、と手も上げる。

 クラスメイトはもう慣れたもので、適当に挨拶をしていた。



 肩口で切り揃えられた金色の髪をサイドアップにして、左右で色の違う瞳はカラーコンタクト。背丈のわりに成熟した身体をした、外見『は』美少女な女の子。

 彼女の名前は立花凪咲。

 俺のクラスメイトであり、ある種の悪友とも呼べる存在だった。



「やあやあ。なんだかシケた面をしているじゃないか、明海氏うじぃ」

「お前は葬儀の後なのに、逆に元気すぎないか?」



 凪咲は荷物を席に置いてから、俺たちの方へとやってくる。

 にへっとした笑顔を浮かべている彼女に、思わず俺はツッコんでしまった。すると凪咲は首を傾げて、こう答える。



「いつまでも引きずっていたとして、仕方ないのではないか? 亡くなった方を悼みこそすれ、残された我々は前を向いていかねば、故人も浮かばれないぞよ」

「いや、うん。その口調で正論を吐かれると、違和感しかないけどな」



 相も変わらず、掴み所のない喋り方だった。

 それでいて真っ当なことを言うのだから、反応に困るというもの。俺はとりあえず、購買で買ってきた総菜パンを袋から出した。



「ところで、聞いたぞ明海氏ぃ? また寝惚けたらしいじゃないか!」

「う……。もう、そっちまで話がいってるのか」



 そして、口に運ぼうとしたところで。

 凪咲はニヤニヤとした意地悪い笑みを浮かべて、そう訊いてきた。俺が苦笑いすると、ふふんと鼻を鳴らして顎に指を当ててこう続ける。



「なぁに、簡単な話さ」――と。



 なにやら探偵のような語り口だが、十中八九、又聞きしただけだ。

 コイツがまともに推理をしているところなんて、少なくとも俺は見たことがない。付き合っていても無駄なので、さっさと食事を済ませてしまおう。



「あぁーっ! 無視しないでよぉ!」

「だー! くっつくな、暑苦しい!?」



 しかし、そうすると寂しがりを発動させる凪咲。

 涙目になって、こちらにしがみ付いてきた。

 その様子を見て――。



「おーい、いちゃつくなー」

「相変わらず、お熱い二人だなぁー」



 伊藤と佐藤が、棒読みで茶化してくる。



「そんなんじゃねぇよ!?」




 それに、俺は即座にツッコミを入れた。

 こうして昼休みは過ぎていく。



 日常の、本当に些細な一ページをめくるようにして。


 

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