第33話 プラネタリウムの星空の下で


「おー、結構満席なんだな。事前予約しといてよかったな」

「当たり前でしょ、あんたみたいに能無しじゃないのよ」

 感嘆の声を上げる慎之介を、恵は肘で小突いた。


 5人が到着した場所は、この施設に併設されたプラネタリウムであった。

「エトワル」と名付けられたプラネタリウムは、県内でもっとも新しいプラネタリウムであり、最新鋭のの統合投映機器が導入されたことから、県内外で非常に有名となり、訪れる人が絶えない新たな名所の一つとなっていた。


 開始10前に差し迫り、入場受付を済ませ、プラネタリウム内へと進んでいく。

 開場は5分前のようで、ホール手前の薄暗いエントランスでは、大勢の人が入場を待ちわびていた。


「ねぇねぇ、なんか緊張しない?」

 梓が悟に話しかける。

 耳の近くで囁かれ、悟は驚き距離を取ろうとしたが、彼の右腕を梓はしっかりと捕まえており、腕に触っている感触に思わず別の意味で彼に緊張が走る。


「き、緊張するよね。あは、あははは」

 薄暗いために、周りは悟と梓の距離に気づいていない。

 他の人からは見えていないことをいいことに、これ見よがしに距離を詰めていく梓。

 緊張で手のひらに汗がにじむ。

 右腕が完全に塞がれた中で、ふと、空いた左手に柔らかな感触を感じた。


「梓だけずるいです……」

 悟の左手を握っていたのは詩であった。

 詩は顔を俯かせていたが、その手はしっかりと握られており、悟の緊張は一気にピークへと達する。


「それでは会場致します。ゆっくり歩いてお進みください」

 アナウンスがエントランスに流れ、ガチャリとプラネタリウムへと続く扉が開く。

 その音に合わせ、エントランスにいる人たちが一斉に動き出した。


「おい、いくぞ。何やってんだ?」

 前方にいた慎之介が後ろをを振り向くと、悟の姿を見るとにやにやとした表情を浮かべた。

 悟は今、両腕には詩と梓が引っ付けた状態にあるため、その姿を見た慎之介は「おうおう」と笑いを浮かべ、そして何やら恵に耳打ちをした。

 恵は後ろを振り向くことなく、慎之介の左腕を叩く。


 その状態のまま、人の流れとともに5人はプラネタリウムの中へと入場した。

 プラネタリウムの中は広々とした造りとなっていた。

 大きな黒い円形の天井で覆われ、真ん中には大きな投映機が堂々とした面持ちで設置されている。

 客席はその真ん中に設置された投映機を中心に円形に広がっており、各列にアルファベットが振られ、4段ごとにステップが設けられ、1段上がる形状となっていた。


「えーと、席はF4からだから……向こうか」

 慎之介と恵がステップを上がっていき、F列へと到着するが、席順は決めていない。

 悟には梓と詩が引っ付いたままのため、慎之介がF4の席を座り、そして恵、梓、悟、詩の順で座ることとなった。


 席がやがて満席となっていき、時刻16時を回ると、会場内がゆっくりと暗転していく。

 真っ暗な闇の中、微かに聞こえるのは風の音であった。


『私は、いつの間にか星を忘れてしまったのだろうか』


 女性の優しい声でアナウンスが流れる。

 そして、徐々にドームの端から映像が映し出された。


 どうやら、主人公は大人の女性のようで、草原の上に立って、夜空に広がる星空を眺めているシーンから始まった。

 風で草が揺れる音、虫の鳴き声、そして夜空に瞬く星たちがたった1台の投映機によって鮮明に映し出され、臨場感が人々を星の世界へと誘った。

 やがて夜空には天の川が架かり、プラネタリウムの夜が更けていくにつれ、星の数も増えていった。


「綺麗……」

 隣で詩が呟いた。

 星々がやがて線を結んでいき、星座が出来上がっていく。

 まるで宇宙を探検しているような、そんな胸の高鳴りを覚えさせるような映像に、悟は息をのんだ。


 悟は子供の頃、家族で行ったキャンプのことを思い出していた。

 大自然の中で泊まることが初めてだった悟は、見慣れた人工の光などどこにもない、夜の闇というものにひどく怯えていたが、隣で父親が「空を見てごらん」と言い、空を見上げると、そこにはこれでもかと煌めく星の姿があった。


 家の窓から眺める、微かな光などどこにもない。

 星本来の輝かしい姿に、子供ながらに感動したことを思い出した。


 ストーリーは星の寿命や星座の意味など、星のあらゆる知識を紹介していき、やがて終盤へと差し掛かっていく。

 ふと、悟が詩を見ると、その瞳には夜空の星が反射していた。

 その綺麗さに思わず見惚れていたが、その視線に気づいた詩が悟のほうへと顔を向ける。


 暗闇の中、星の微かな光を頼りに、悟と詩はお互いの顔の輪郭を探し出す。

 それはやがてお互いの吐息が交じり合う距離にまで近づいていく。

 悟は緊張していたが、その緊張を和らぐように詩が悟の手を握った。


「ねぇ、悟くん」

「ん?」


 お互いの沈黙が愛を芽吹かせる。


「―――好きだよ」


 その言葉に、悟の心臓は鷲掴みにされた。

 悟はその言葉のお返しとばかりに、詩に顔を近づける。

 お互いの吐息の熱が感じられるほどに唇の距離が近づき、そしてそれは柔らかく重なった。


 きっとこれは神様の贈り物なのだろう。

 悟はプラネタリウムに映し出された満天の星空で、初めての恋の感触を知った。

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