第34話 猛暑にて


 夏の暑さというのは日に日に増していくもので、8月に入ってからはその暑さを本格的なものにしていた。

 「道路で目玉焼きが焼ける」という馬鹿らしい表現が本当に似合うほどに、外は蒸し暑い。


 そんな暑さから逃げるように、今日も喫茶店は冷を求める人たちで混雑していた。

 次々とオーダーが回ってきて、悟はとにかく厨房で注文された料理を捌いていく。

忙しさというのは、研修に勝るほどに悟に料理の技量をつけさせたおかげか、一端のアルバイトとして、厨房という戦場を任されていた。


「25番さん、オーダー遅れてるよ悟。とりあえずこっちでごまかしとくから、早く頼むね!」

 梓が厨房に顔を覗かせ、悟に声をかけた。


「すまん!ありがとう!」

 悟は同時並行で、今作っている料理と遅れている25番テーブルの料理に取り掛かった。

 基本的には、ランチタイムの混雑状況から、メニューはランチ限定メニューの3種類に絞っており、あとはサイドメニューというものにしているが、外の暑さのせいなのか、アイスクリームやパフェを頼む人が非常に多く、それにホールで働くスタッフも、てんやわんやとなっていた。


 午後3時を過ぎると、先ほどまでの混雑が嘘のようにお客が引いていく。

 テーブルでは、コーヒー片手に雑談をする人や、窓側の席で読書をする人など、静かでゆっくりとした時間が流れ始めた。

 休憩の時間となり、悟は事務所へと入ると、そこにはすでに梓が休憩をしていた。


「おつかれ」

 悟は梓に声をかける。


「おつかれー」

 梓はスマホとにらめっこしながら、何やら必死に打ち込んでいる。


「どうしたの?」

 その様子に悟が気になりだし、梓に声をかけた。

「あとちょっとだから待ってて」と制止され、その間、悟は自分で作った昼食のパスタを食べ始めた。


「よし、終わった!」

 梓がスマホから手を放し、悟はパスタを食べる手を止める。


「珍しいな、梓がそんなに必死になってスマホいじってるなんて」

「あぁ、そんなこと?実はね」


 そういって見せてくれたのは、うちの喫茶店で新しく作ったパフェの画像であった。

 どうやら喫茶店のアカウントが作られており、そこからの画像発信であったが、瞬く間にいくつものいいねが押され始めていた。


「いつの間にこんなの作ってたの?」

「そうだよ。喫茶店だって立派な商売だよ?やっぱ久礼町の都市開発のせいで、ここら辺にも大手の喫茶店がチェーン展開し始めてるから、お客さん持っていかれちゃたまらないでしょ?だから作ったの。今はSNSの時代よ」


 梓は自慢げな顔をした。

 確かに、言われてみれば、古くから来ているお客さんは今も変わらずに来店してくれているが、新規のお客さんというのはあまり見かけない。

 老舗の喫茶店であるため、若干入店しにくい風貌をしているものの、それでも以前までは口コミでお客さんが増えていたが、今ではその口コミも、ネットの口コミに淘汰されてしまっているようで、同じようなお客の顔ぶれで経営が持ち堪えられていた。


「でも、わざわざ梓がやんなくても……」

「そんなんじゃいつまでたったって時給上がらないわよ。仕事がなきゃお金はもらえないの。それにこれで実績でも出せばある程度私にも箔がつくでしょ?」

「なんで箔が必要なの?」

「ひみつ」

「ひみつが多いな梓」

「とりあえず私はお客さんを増やすから、悟は私の連れてきたお客の料理を死ぬ気で作りなさいよね」


 梓はにししと笑い、スマホへと目線を戻した。

 相変わらず鼻につくなと思いながらも、やっぱり敵わないなと悟はため息をついた。


「あ、そういえば土曜日のお祭りって集合何時だっけ?」

 梓が悟に聞いた。


「とりあえず18時集合にはしてるけど……」

「もしかしたらちょっとだけ遅れるかも。詩と一緒に行く予定だけど」


「なんかあるの?」

「ひみつ」


「おいおい、またひみつかよ」

「ひみつのほうが楽しみでしょ?」


 梓は上機嫌に答える。

 悟はなんだろうと頭の上に疑問符を浮かべた。


「そろそろ時間だからいかなくちゃ。悟今日何時上がり?」

「俺は18時上がりだよ」

「奇遇ね。私も18時だから、ゲーセン行かない?」

「別に構わないけど」

「じゃ、約束ね!」


 そういって梓はホールへと戻っていった。

 あまりの唐突なお願いに、思わず悟はその約束を飲んでしまったが、言われてみれば、プリクラを撮る際に「ゲーセンで格ゲーしようぜ」という彼女との約束したまま果たしていないことを思い出した。


 悟は自分が少しだけ浮足立っていることに気づく。

 きっと土曜日に行われる夏祭りのせいだろうか。

 商店街には、夏の風物詩でもある赤ちょうちんがぶら下げられている。

 毎年のことではあるが、どうも夏祭りという響きは、人々の心の奥に秘めた炎を焚きつけるようで、どこか商店街も活気づいているように感じていた。


 悟も焚きつけられたそのうちの一人である。

 毎年、慎之介と恵に連れられ3人で参加していた悟だが、今年は梓と詩を含めた5人となる。


 今日が水曜日となるので、土曜日まであと3日。

 悟はウェブ上に上がった夏祭りのポスターを見ながら、妄想と期待を膨らませ、少女漫画のような展開にならないかと鼻の下を伸ばしていた。

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