第32話 集合写真

「美味かったな、また来ようぜ」

 慎之介の一声に、焼き肉屋を後にした4人が賛同した。


「そういえばチケット何時からだっけ?」

 慎之介が恵に尋ねる。


「16時からよ」

 恵がスマホの画面で予約チケットの時間を確認した。

 時刻は15時を表示している。


「微妙だなー。あと1時間か。お腹もいっぱいだからカフェに立ち寄るのもなぁ」

 慎之介が腹をさすった。

 調子に乗って元を取ろうと満腹になるまで食べたせいか、もはやコーヒーが入る隙などどこにもない。それは他4人も一緒であった。


「ねぇ、それならさ、プリクラ取らない?」

 梓が声を上げる。

 

「プリクラかぁ。いいな、記念に撮ろうぜ。悟と詩ちゃんは大丈夫か?」

「あ、あぁ。大丈夫だよ」

 悟は慎之介に圧に押され、了解をした。


「プリクラって……なんですか?」

 詩がきょとんとした顔になる。


「う、嘘だろ……プリクラを知らないのか?」

「はい……お恥ずかしいですが、あまり外には遊びに行かなかったもので……」

 詩は恥ずかしげな顔で頬を掻く。


「じゃあ、なおさら行かなきゃな!」

 そうして、慎之介に背中を押され、5人はモール内のゲームセンターへと辿り着いた。

 以前、悟と梓が出会った小汚いゲームセンターとは違い、清潔が保たれ、家族連れが多いゲームセンターであり、梓は少しだけ苦い顔をしていた。


「なぁ、今度あっちゲーセンで格ゲーしようぜ」


 梓がこっそりと、悟に耳打ちをした。

 「いいよ」と悟は頷く。


 そのままゲームセンターの奥のほうまで進んでいくと、プリクラ機が2台ほど端に追いやられて置いてあった。


「やっぱり人気ねぇんだなぁ」

 プリクラ機の閑散ぶりに、慎之介はため息をついた。


 プリクラ機が全盛を極めたのは、スマホが流行り始めた前、今から20年ほど前の出来事である。

 携帯での写真が画像荒く、折り畳みの携帯電話の時代、プリクラ機はまるで神の機械ごとく崇拝を受け、その熱烈な信者、特に女子高生を中心に流行っていた。


 だが、スマホという時代に変革をもたらす機器が誕生してから、プリクラ機というのは衰退の一途を辿り、今では端っこに申し訳なさそうな雰囲気を出しながら、鎮座している。

 たしかにプリクラというのは、写真を撮る枚数も限られるし、写真のデコレーションの時間も限られている。さらには、保存できる画像も有料会員でなければ1枚のみという始末だ。


 そんなもの、今の子供たちからすれば何の面白みがあるのかと疑問に思うが、一つの狭い空間でみんなとぎゅうぎゅうに詰まりながら撮影をするのが醍醐味なのである。

 5人は体を寄せあいながらプリクラ機の中へと入り、そわそわとしながら撮影を待機していた。


 撮影モードを選択していき、いよいよ撮影となったところで、機械が撮影モード順にポーズを要求する。

 その要求に「どうする、どうする」と言いながら、お互いに肩に腕を回したり、ピースをしたり、変な顔をしたりと、とにかく慌てた。

 そのおかげか、撮影が終わって外に出ると、「ふぅ」と一息つき、馬鹿笑いした。


 そして撮影のデコレーションをするために、併設されているすぐとなりの小さな仕切りの中へと入り、先ほどの撮影した写真に加工を施していく。

 スペースが2人分しかないのにもかかわらず、そこに恵と慎之介と梓が互いの陣地取り合いをするもんだから、その部屋は定員オーバーとなり、押しくらまんじゅう状態となっていた。


 部屋のカーテンの仕切りが揺れるのを、悟と詩は外から眺めていた。

 2人きりとなったにもかかわらず、お互いが話の糸口を見つけ出そうともじもじとし始める。


『―――あ、あの!』

 2人の声が重なる。


「あ、どうぞ」とお互いが話を譲り合い、その末、悟がその譲り合いに折れ、口を開いた。


「よ、よかったらさ。またうちに遊びに来ない?母さんが会いたいって言っててさ」

「うん、行きたい!」

「本当!じゃあ、母さんに伝えておくね!」

 悟は断られまいかと心臓をバクバクとさせていたが、どうやらそれは行き過ぎた緊張だったようで、詩の了解をもらった直後、ふらりと軽い眩暈を覚えるほどであった。


「そういえば詩は?なに、言いかけようとしたの?」

「あ、うん、たいしたことないから大丈夫だよ」


 詩は自分の赤くなった顔を悟から隠すように、顔を逸らした。

 緊張がほどけた後の悟の顔がカッコよく見えたことなど口が裂けても言えない。

 照れのせいか、悟の顔を直視できないがために、自分の話を「たいしたことのない話」と嘘をつき飲み込んだ。


 こんな緊張の中で「2人で遊びに行きませんか?」などと詩が口にできるほど、彼女に恋愛経験などなかった。

 それでも、悟のほうから「遊びにおいで」という誘いがあったのは、彼女にとっては僥倖であった。

「たいしたことのない話」が、実現することに詩は悟に見えないように指を握った。


「おーい!できたぞ!」

 慎之介の声が聞こえ、悟と詩は彼らのもとへと駆け寄った。

 印刷されたプリントシールは2枚とも恵が手に持っていた。


「これどう分けるんだ?」

 悟が首をかしげる。


「何野暮なこと言ってんの?」

 恵がため息をついた。


 恵は手に持ったプリントシールを詩と梓へと渡す。

 それを渡された彼女たちはきょとんとした表情を浮かべる。


「私たち友達でしょ?私たちはいっぱい撮ってるから、この2枚は持っててよ」

 その言葉に、詩と梓の嬉しさがピークへと達し、思わず涙がこぼれでようとしたが、それを必死で理性が堰き止める。

 彼女たちにとって「友達」という存在がこれほどまでに大きいものなのだと、感情が再認識させた。


「そろそろ、いい時間だし行こうぜ」

 慎之介が元気よく声を上げる。


「そうね、いい頃合いね」

 恵も納得し、5人はゲームセンターを出た。

 エスカレーターで上の階へと向かい、目的の場所を目指した。

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