第20話 保健室①
悟は1限目の授業が始まる前、詩を心配して保健室へと行った。
担任には体調不良だと嘘をつき、1限目の授業を欠席した。
一度仮病を使って休んだことをきっかけに、彼には休むことへの罪悪感は当になくなっていた。
保健室の担当医に体調不良が嘘であるということを正直に話し、教室であった出来事打ち明けた。
詩がここにいるという確証はなかった。だが、悟は彼女がここのいるという確信はあった。
学校で逃げ込む場所の相場といえば、保健室以外ありえないという根拠なき自信が彼にはあったのだ。
悟はカーテンの閉まった一室のベッドへと入る。
そこには顔を隠すように深く布団をかぶり、ちょこんと金色の頭のてっぺんを出した詩の姿があった。
詩は自分が寝ているベッドに悟が入ってきたことに気づいたのか、くるりと体を半回転させて、彼に背を向けた。
「なぁ、詩」
悟が呼び掛けても、詩は無言のままであった。
だが、このままでは何も解決はしないし、前にも進めないと、彼はひとりでに話し始める。
「あの写真……」
「あれは本当なの?」
悟の言葉を遮るように、詩は言葉を挟む。
「あぁ……本当だ」
「ちゃんと全部話して」
冷たい言葉だけが、彼を貫いた。
詩にはただ梓の泊るところがないからといって居候しているとしか伝えていない。
もっと早く、真実を伝えるべきだったと悟は後悔した。
「先週の金曜日……バイト終わりだったかな。あのゲームセンターに梓を探しに行ったんだ。当然そこにはいなかったんだけど、自分が来る10分前ぐらいにはいて、知らないサラリーマンと話していたよって従業員の人がね、教えてくれたんだ。それでもしかしてって思って……、あそこの繁華街には"無法区"って呼ばれる地区があって、そこにあるホテルの前で梓がサラリーマンに連れ込まれそうになってたんだ。それから助け出して逃げてる最中の写真だよ」
悟は呼吸の続く限り、一気にあの写真の真実を話し始めた。
もっと早く真実を伝えていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
いや、遅かれ早かれ、写真が撮られてしまっている以上、こうなることは必然だったのかもしれない。
詩は黙ったまま、うんともすんとも言わずに布団を深く被ったままだ。
「なぁ、詩。俺が来る前に何があったんだ?」
その質問に、詩の頭がピクリと動き、そしてまた静かになった。
湿気のせいか、空気がじっとりと重い。
そんな膠着状態を振り払ったのは、詩の小さなため息であった。
「朝ね……登校したら北条さんたちが先にいてね。写真が貼ってあったんだ。すぐに梓と遠野くんだってわかったんだけど、"あんた、遠野とホテルでも行ってたの?"ってからかわれてさ。いくら妹だっていっても聞いてくれなかったの。そんな押し問答繰り返してたら、クラスメイトがどんどん登校し始めて……こそこそ写真撮ったり、噂話ばっかりして、私もう何が何だか分からなくなっちゃって……」
そこ言葉はぷるぷると震えていた。
もはやそれは悟を狙ったものではなく、詩を陥れるためにされたものだということが彼には分った。
北条 香奈がやったという証拠はないが、間違いなく主犯は彼女であると悟は睨んでいた。
以前、恵に詩の悪口を言った張本人は香奈であったが、その時彼はまったく気にも留めていなかった。
いったい、こんなことをして何が楽しいのだろうか。
悟の心は沸騰する憤怒に苛立ちが渦巻き、傍観することしかできない無力さが波を打つ。
もはや時化となった心模様は、それを鎮めることすら叶わないがために、彼は奥歯を強く噛むことしかできなかった。
悟は人の醜悪さというものは知った。
ホテルから出てきたということをいくら嘘だと叫んでも、クラスメイト、多数派の"そうであったほうが面白い"という汚れた欲望が、真実を捻じ曲げ、あたかも嘘だと叫ぶほうが滑稽なんだということを思い知った。
このままでは詩が壊れてしまう。
悟は彼女を救う手立てを、不安という沼に足を沈めながら、頭を抱えて幾重にも考え続けていた。
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