第19話 予感
水曜日は、不幸にも嫌われている。
何もしていない、ただそこに"水曜日"という名前が付けられた何もない一日であるはずなのに、一週間のうちの最も落ち込んだ鬱屈を背負わされている可哀そうな奴だ。
悟も水曜日の今日は、どうも気分が乗ってはくれなかった。それは水曜日であるからなのか、今日であるからなのか、それともその両方なのか。
どちらにしろ、梅雨で制服の中が蒸れて不快な気分だということは変わりないわけで、足が一歩一歩学校へと近づくたびに、それはじっとりと体を濡らした。
アスファルトを跳ね返る雨粒は、時折寂しさをかき混ぜた匂いを漂わせる。
悟はどうも、この雨の日の独特な土とアスファルトの匂いが昔から苦手であった。
この匂いを嗅ぐだけで、寂しくないのに寂しさがこみ上げ、不安でもないのに不安が憑りつく。
だが、気分をマイナス側へと引っ張られることというのは、必ずしも悪というわけでもない。
第六感、つまり、不吉な未来への直感的予測というものが、この時期はよく冴えるのだ。それは心の準備などしていない、不意をついては背中に悪寒を走らせる。
教室へと上がる階段の途中、上から下へと走りながら駆けていく詩の姿があった。
「あ、おはよう有栖が……」
彼女は顔を下に俯け、悟の言葉など気にも留めずにそのまま走り去った。
その姿に彼は茫然とし、何事だと困惑した。今となっては、彼は彼女を追いかければよかったと後々になって後悔している。
悪い予感というもはこの時すでにしていた。だが、悟はまだこの時、詩の走り去った驚きでそれに気づいてはいなかった。
悟は教室の扉に手をかけ、開ける寸前、冷たい予感が背中をぶるりと気持ち悪くさすった。
手の平にはじっとりと汗が滲み出る。
体は教室の扉を開けることを拒絶するが、心がそれを許しはしなかった。
そしてゆっくりと悟は教室の扉を開ける。
がやがやとした朝の教室にはいつもと変わらない日常が広がっていた。
ただ一人、詩だけが荷物だけを置いて、ポツリと空白だけを残して。
ガラッと教室の扉が教室内に響き、音に反応する猫のように、教室中のクラスメイトが悟へと視線を向けた。
みながいやらしい目を向けて、にやにやと笑っている。
何度も悟と黒板を交互に見ては、にやにやと笑いだし、こそこそと小声で何かを話し込んでいた。
「なんだよこれ……!!」
悟は焦った。
急いで黒板に詰め寄り、そこに貼ってあるA3ほどの大きさの写真を思いきり剥がす。
その写真は、無法区から出た直後の梓と悟が手を繋いでいる写真であった。
「誰だ……!!」
辺りを見回すが、誰一人として悟と目を合わせようとしない。
だが、その様子を見ていた北条 香奈とその他数人の女子たちがニヤニヤとしながらこちらを向いていることを悟は見逃さなかった。
「お前らか!」
その怒鳴り声に一瞬教室内はピりつく。
写真を左手にぐしゃりと握ったまま、ずかずかと香奈のもとまで歩み寄った。
「これはどういうことなんだ!」
怒りの矛先を香奈に向ける。
「どういうこと?は?私がやったって証拠がどこにあるのさ!」
「っく……それは……」
悟はそれ以上反論することができなかった。
知識をつけたり理性が、感情を抑えつけている。
「それにあんただって当事者でしょ。言い訳できないんじゃないの?無法区のホテルにでも行ってたの?あんたやるせない顔してやることやってるのね」
香奈はにやりと口角を上げ、くすくすと笑い始めた。
それに釣られ、取り巻きの女子たちも笑い始めた。
「お前……絶対許さないからな」
それだけを言い残し、悟は自分の席へと戻る。
その言葉に香奈を唇の端をぐっと噛みしめた。
「なんで、恵はあんな奴を……」
香奈の眼には悔しさと嫉妬が、青く静かに灯っていた。
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