第237話 そうだとしても
「戦争を終わらせたいと思ったから、私はマギーさんに無理を言って士官学校に入学させていただきました。今の人国の体制だと、貴族以外の一般庶民が偉くなるには、軍でのし上がるのが一番早いからです。だから私は、まずは士官学校入学して成績を上げて、卒業後には軍隊に入ってのし上がって……最後には戦争を終わらせたいと、そう思っています。それは、今も、変わっていません……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
いつかオトハさんにした説明を、順番に皆さんに話していきます。皆さんは何も言ってきません。笑っちゃうくらい、幼稚な考え。冴えた方法も思い浮かばない私が出した、ただ一つの思い。
それが誰かに影響されたから、なんてことは関係ありません。だって、今まで言われるがままに生きてきた私が、初めてこうしたいと、思ったのですから。
「……正直。魔国の内戦とか状況も動いてますし、こうするといった具体的な展望は全然思い浮かんでこないんですが……これが、私の目標です……あはは、笑って良いんですよ? ただの夢物語みたいな、こんな大言壮語を……」
「……笑わねえよ」
最初に声を上げたのは、兄貴でした。フッ、っと自身は笑みを浮かべているというのに、笑わないと、そうおっしゃってくださいました。
「俺なんか、ジジイ馬鹿にした奴ら見返してーってだけだからな……それ以上のことを目指してる兄弟なんざ、笑う資格もねーよ」
「……ワイも同じや」
シマオが兄貴に続きます。彼もまた、顔にこちらを馬鹿にするのではない、笑いを浮かべていました。
「やられたからやり返したい。そうおもとるワイからしたら、眩しすぎるくらいやで。戦争を止めたいなんて、そうそう思えへんって」
「……そ~だね」
ウルさんも、そうおっしゃってくださいました。
「君が何を目指してたのかと思ってたら……ま~た大きいこと考えてたんだね~。びっくりだよ……でも、それは、間違ってなんかない」
「ウルさん……」
「うん。君は間違ってなんかないよ、マサト。具体的な方法なんて、また勉強して考えればい~じゃん。ボクらは所詮、まだ学生なんだし……だから、笑ったりなんかしないさ」
ニッコリと、笑いながら彼女はそう言いました。私は、間違ってなんか、ないと。
「…………ッ!!!」
そして少しの間黙っていたマギーさんでしたが、やがて先ほどと同じように、自分の両手で自分の両頬を力いっぱい叩きました。
「ッ!?」
「ぱ、パツキン……ど、どーしたよ?」
「お姉さまッ!?」
『マギーさんッ!?』
「ま、マギーちゃん、どうしたんだい……?」
「……いいえ」
びっくりしている私達をに対して、酷く冷静なマギーさん。先ほどはおそらう、取り乱したのを落ち着ける為にやっていたと思うのですが、今は一体何のために……?
「……わたくしも、思い直さねばと……そう思って、喝を入れただけですわ……」
「思い直す……?」
彼女の言葉に、私は首を傾げます。思い直す、というのはどういうことなんでしょうか。マギーさんは先ほど、お父さんの手がかりを見つけたので、それを暴いて名誉を回復させる、という旨のお話をしていました。
それ自体は何も間違ってなどいません。誰かによって貶められたのなら、真実を解き明かしてそんなことはなかったと高らかに言いたい。そう考えるのは、当たり前だと思うのですが。
「……わたくしはお父様とお母様の残したヴィクトリア家の再興の為に、今後も精進しようと思っておりました。しかし、それだけでは……足りませんわ」
『足りない……?』
マギーさんは少しうつむき加減のまま、拳を握っています。オトハさんの魔道手話での聞き返しに、彼女はまた言葉を紡ぎました。
「……お二人の名誉の回復ばかりに目がいっていて……お父様が本当はどうしたかったのかと言うところが……お父様が真に望んでいたものが何だったのかという点まで考えることが、足りませんでしたわッ! そもそもお父様だって、戦争を終わらせたくて……平和を願って……講和を調整していたというのにッ! ……わたくしは、ただ……」
「い、いや……それはそれで間違っちゃいねーよ?」
マギーさんに対して、兄貴が声を挟みます。
「嘘つかれてやられたから、真実を暴いて取り戻すってのは、別に……」
「いいえッ! それだけでは足りませんでしたわッ! 目の前の感情だけしか考えず、お父様が何を目指していたのかをッ! 意志を継ぐということを、真の意味で理解などしておりませんでしたッ! マサトッ!!!」
「は、はい……」
何やら勢いよく、マギーさんに呼ばれます。
「わたくしにも、お手伝いさせてくださいましッ! お父様も、戦争を終わらせたいと願っていたことは、確かですわッ! お父様が成し得なかったことを……わたくしがやりたいのですッ!」
「……もちろんです。マギーさんが手伝ってくださるのなら、心強いですから」
マギーさんも、戦争を終わらせたいのだと。お父さんの無念を晴らすだけではなく、望んでいたことを引き継ぎたいのだと、そうおっしゃっていました。
私からしたら、こちらからお願いしたいくらいです。戦争を終わらせるなんていう大言壮語は、絶対に一人では無理でしょう。戦い、争うというおおきすぎる流れを止めるには、誰かに手伝ってもらわなければ、到底達成できないものです。
それをお手伝いいただけるというのであれば、なんと心強いことでしょうか。
「ありがとうございますわッ! わたくしも、精一杯、頑張らせていただきますッ!」
「……私の方こそ、よろしくお願いします」
『もちろん。わたしも応援するよ、マサト』
オトハさんも、魔道手話で続いてくれます。
『っていうか、もうお手伝いさせてってお願いしてあるからね。今さら嫌だなんて言われても、遅いんだから』
「わかっています。オトハさん、いつもありがとうございます」
この世界に来た時から一番最初に私を心配してくれた、一緒にいてくれた彼女。
「よっしゃッ! こうなったらここにいるみんなで、やってやろうやないかッ!!!」
やがて声を上げたのは、シマオでした。みんなで、やると。彼はそう言っています。
「ワイはバフォメットぶっ飛ばせたらそれでええし、別にアイツぶっ飛ばすんに戦争なんかせんでもええからなッ! 戦いなんざ、もう終わりにしよやッ!」
「……そーだな。俺もアイツとの因縁にケリをつけるのに、戦争なんざしなくてもいーしな。つーか、戦争があったからジジイが死んじまった訳だし……もう、終わらせてやろうぜ」
「……ボクもお父さんを見つけたいだけだし……戦争さえ終われば、ハーフのボクも、また普通に見てもらえるかもしれないしね……うん。ボクも手伝うよッ!」
「兄貴……ウルさん……」
お二人の言葉も聞いて、私はまた涙があふれてくるのを止められませんでした。バカにされると思っていました。笑われると思っていました。でも、皆さんはそんなことはなくて。一緒に頑張ろうって、言ってくれて……私……本当、に……ッ!
『……泣き虫だね、マサト』
「……これは良い涙だから、いいんですよ……」
オトハさんに軽く茶化されましたが、私は良いんだと胸を張りました。だって、これは、嬉しい涙なんですから。
少しして、やがて学校のチャイムが鳴りました。もうすぐ、朝のホームルームの時間です。
「……んじゃ、そろそろ行くか。遅くなると、また鬼面がうるせーし」
「せやな、教室戻ろか。ワイらの一限目は、近接基礎やっけ? 着替えんといかんなー」
「あ~、い~な~。ボクのクラスは一限目から魔法基礎なんだよ~……あの先生話長いから、いっつも眠くなるんだよなぁ……」
「そんななのに、"操作(マニュアル)"まで良く覚えたものですわね、ウルリーカ?」
「結局は自主勉が一番ってね。自分で覚えようとするのが、一番覚えられるしさ」
やがて動き出した皆さんです。その様子は、いつもの学校でのもの。帰ってこられたんだと再認識できて、また嬉しくなりました。
私も涙を拭って、魔法をかけ直さないといけませんね。まだ魔族の姿ですし。
「……マ~サトッ!」
「うわっ! う、ウルさん!?」
やがて、私に後ろからのしかかってきたのは、ウルさんでした。いきなりのことにびっくりしてしまいますが、この感じもなんだか久しぶりな気がします。背中に当たっている、二つのあの感覚も。
「な~にらしくもなく浸ってるのさ。やることは決まった。みんなで一緒に。なら、あとはやるだけじゃん?」
「ま、まあそうなんですけど。ちょっとくらい、余韻に……」
『ちょっとウルちゃんッ! 近づきすぎだよッ!』
それを見たオトハさんが、抗議の魔道手話を投げてきます。と思ったらちょこちょこと走ってきて、私の左腕に組んできました。
『マサトもそんなにデレデレしないのッ! もっとシャキッとするッ! もー、わたしがいないと駄目なんだから……』
そしてこのお叱りです。これもまた、懐かしい心地がしました。お叱りを受けているという点は、駄目だとは思いますが……。
「相変わらずだね~、オトちゃん。一緒に気楽に居る方が、良いと思うけど……ね~、マサト」
『ちゃんとする時はちゃんとするのッ! もー、鼻の下なんか長くして、カッコ悪いよ?』
「い、いえ、別にそんなことはッ!?」
女の子二人に寄られて鼻の下が伸びていなかったとは断言できませんが、とりあえず言葉では否定しておきましょう。
「……全く、何をしているんですかお三方。早く行きますわよ」
「……なあノッポ。もしかして兄さんって……」
「……言うなチンチクリン……」
それをやれやれと言った様子で見てくるマギーさんと、何やら冷たい目線を送ってくる兄貴とシマオ。何でしょうか、お二人のあの目は。まるで私が何も解っていない、みたいな感じが……。
「……って、そろそろ急がねーと不味いんじゃね?」
「やっばッ! 今何時やァっ!?」
「走りますわよッ! 正座四時間全教科フルコースだけは絶対に嫌ですわァァッ!」
やがて、三人は走って行ってしまいました。時間、ヤバそうなんですね。
『……行こう、マサト』
「……んじゃ、行こっか、マサト」
お二人が手を差し伸べてくださいます。私はそれに応えようと、両手でそれぞれの彼女の手を取りました。
「……はいッ!」
『……ふふっ』
「……へへっ」
そのまま私は、お二人と一緒に歩き出します。
世の中はいつも、誰かの都合で動いている。それは違う世界に来ようが、同じことなのかもしれません。特に今はまだ、力も立場も何もなく、知らない方々に翻弄されたり、はたまた助けてもらったりしなければ、どうにもならないのかもしれません。
そうだとしても。
私はそれだけで、終わりたくないと。託してくれた方々の為にも、進んでいきたいと、そう思っています。
何も特別なことなんかではありません。良くしてくれた方々に報いれるようになりたいという、ただそれだけの話です。例えそれが、どれだけ難しいことであったとしても……言われるがままに生きていくのは、もう、止めるんです。
それに、一人なんかではありません。周りには、こんな私に良くしてくれる皆さんがいます。だからこそやっていけると、頑張っていけると、思えましたので。
私は決意を新たに、オトハさんとウルさんと一緒に屋上を後にしました。差し当たってまずは、目の前の事を、学校での勉強や鍛錬に、全力で取り組みましょう。
千里の道も一歩から。諦めずに進んでいれば、思わぬ道が見つかるかもしれない。考え続けることを止めなければ、妙案がひらめくかもしれない。だから私は、進んでいきます。
いつの日か、あの人達に追いつくために。彼らの意志を、現実にするために。私の歩みは、まだ始まったばかりです。
――完。
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