第217話 追った彼らを追って
「……もうすぐでありますッ!」
「生き残ってなさいよ、馬鹿オーメン……ッ」
「……全く。我々が血眼になって探していたものが、通報一発であっさり見つかるとは」
「す、すごい偶然もあるものですね……ぷぷぷっ」
「…………」
竜車を走らせて現場へと急いでいるのは、ノルシュタインとアイリス、ベルゲン、キイロ、そしてイザーヌであった。彼らの乗る竜車の周辺には、援軍として駆けつけている人国軍らがおり、その数は多い。
魔皇四帝バフォメットが人国内にいるのだから、当然と言えば当然だろう。発見の連絡を受けた後にすぐ、この周囲を近くに駐在していた人国軍によって包囲が始まっている。
包囲が完了するまで先行しているオーメン達が粘れていれば、多くとも一個小隊規模の相手を数で封じ込めることができるだろう。何せ、こちらは本隊が出てきているのだ。
少しずつ近づいてくるにつれて、先の光景が見えてきた。
「ッ!?」
「……少し、遅かったか……ッ」
しかし見えてきた光景は、凄惨なものだった。所々に青い炎が燃え残っており、先行させたオーメン率いる小隊が、無残にも地に伏している。
荒れ果てた山小屋の前には、内側からの圧力で壊れたと思われる一台の竜車の残骸と、それを引っ張っていたであろう竜の死骸が二つ並んでいる。竜車の破片が辺りに飛び散っており、相当な爆発があったことが伺える。
それ以外の周囲に、魔族の姿もあったが、ほとんどが死体か、人間と同じけ酷い負傷で、その場から動けずにいる。
到着した人国軍の衛生兵達が一斉に飛び出し、倒れている味方の元へと駆け寄っていた。生き残っている魔族の近くには、魔法陣を構えた兵士達が近寄っている。
「く、クソ……ッ!」
「生きてんのオーメンッ!?」
「オーメン殿ッ! 無事でありますかッ!?」
「あ、アイリスに、ノルシュタインさん……」
その中には、先行部隊を率いていたオーメンの姿があった。彼もまた、他の者達と同様に全身を青い炎で焼かれており、意識が辛うじて残っている状態だった。
駆け寄ったアイリスとノルシュタインの二人が、ボロボロの彼を介抱する。その場にゆっくりと近寄っていったベルゲンが、彼に問いかけた。
「体調の優れないところ申し訳ありませんが……何があったか、報告していただけますか。オーメン曹長」
「……了解、です。ベルゲン大佐……」
とは言え、事態は一刻を争っている。このまま彼の治療に専念して、魔皇四帝を逃す訳にもいかない。ベルゲンは早く状況を知りたかった。
「バフォメットの野郎が、いたんですが……アイツ、自分を囮に俺たちを挟撃してさっさと山小屋ん中に消えたかと思ったら……竜車の一台をこちらに突撃させてきやがりました。それには時限式で魔法がかかっていて、奴の小隊と白兵戦になってた俺たちを、敵味方諸共蒼炎で焼き払いやがって……自分はその隙に、裏手から逃げたみたいです……幸い、マギーちゃんの声もあって、全滅は避けられたんですが……裏回りをさせていた味方も、焼き払われた、みたいで……」
「な、なんて奴なのッ!? み、味方諸共なんて……」
「……それはいつの事でありますかッ!?」
オーメンの話を聞いて声を上げるアイリスに対して、ノルシュタインは追加で問いかけた。相手のとってきた手段にもびっくりだが、肝心なのはそこではない。
「……あれがあってから、だいたい……」
そして彼から聞いた時間は、まだそこまで経っていないくらいのものであった。今から追いかければ、まだ間に合う筈である。
「……な、なるほど。う、裏手の方なんだね。と、となると方角は……」
「あ、あと……ッ!」
キイロが逃げた方向を確認している時に、オーメンが声を上げた。身体の痛みから苦しそうな様子だが、それでも言わなければならないという強い意志も垣間見える。
「おそらくマギーちゃん達が……アイツらの後を追って先に行っちまったんだッ!」
「なんですってぇッ!?」
「それは本当でありますかッ!?」
「……また面倒な事を……」
もう一度ビックリすることになったアイリスとノルシュタイン。ベルゲンはため息をついた。
「ど、どうしてマギーちゃん達が、こ、ここにいたんだい?」
「通報は、彼女達からだったんだよ……俺たちが来た時には、もう居て……それでッ」
「……ああもう、通報はマギーちゃんの勘だったのねッ!」
戸惑っているキイロを他所に、アイリスが声を上げている。ユラヒでも隠れていたマサトをすぐに見つけてみせたマギーの勘。それが発揮されたのだと、彼女は納得の声を上げた。
「べ、ベルゲンさん……や、山小屋の中に行方不明の方々の亡骸が……ち、血を抜き取られています」
「……これはいよいよ危ないかもしれませんなぁ」
その間に報告を受けたキイロが、ベルゲンに内容を伝えている。山小屋の中には血を取られて死んでいる死体に加えて、何らかの魔法陣を消したような跡があったと言うのだ。
現在は調査を始めたばっかりであり、詳細は未だ不明ではあるが、それを聞いたベルゲンは自分の記憶を辿っている。
「……血を抜き取られた死体に、魔法陣の跡……いよいよ、私のお話した禁呪が、現実味を帯びてきてますね」
「……ならば急ぐのでありますッ! 逃げたバフォメットにそれを追っている子ども達がいるのであれば、無視はできないのでありますッ! アイリス殿はここでオーメン殿やその他の負傷した方々をお願いするのでありますッ!」
「おっしゃる通りで。イザーヌ、貴女もここに残り、山小屋等の現場検証をお願いします。私とノルシュタインさん、そしてキイロ君で後を追いましょう」
「了解しましたッ! ノルシュタインさんッ!」
「…………承知いたしました」
体制を固めて、彼らは再び動き出そうとしていた。イザーヌはその他の面々を集め、ここの現場検証の指揮を取っている。
アイリスもやる事を頭の中で整理して、立ち上がろうとしていた。そんな彼女を、ノルシュタインが呼び止める。
「……アイリス殿。一つ、お話が……」
「……ええッ!?」
それを聞いたアイリスは目を丸くした。上司からの言葉が、上手く飲み込めない。
「……お願いするのでありますッ!」
「そ、それって、まさか……ッ!」
「……どうかなさいましたか?」
やがてそんな彼らの様子を見たベルゲンが、二人に声をかける。ノルシュタインは彼を見やると、いつもの調子で答えた。
「いえ、なんでもないのでありますッ! アイリス殿ッ! 負傷者の手当ての指揮、よろしくお願いするのでありますッ!」
「で、でもノルシュタインさん……」
「……返事はどうしたのでありますかッ!? アイリス殿ッ!!!」
「ッ!」
やがて、一際強い口調でそう言われたアイリスは、ビシッと背筋を伸ばして返事をした。
「……了解いたしましたッ!」
そのまま彼女連れてきた衛生兵らの元へ向かい、負傷者等の全貌の把握を始める。
「……何やら内緒話ですか?」
「いえ、何でもないのでありますッ! さあ、私達も向かいましょう、ベルゲン殿ッ!」
「……まあ、良いでしょう。そうですね、急ぎましょうか」
やがて、ノルシュタインやベルゲンらを乗せたものと、彼らの配下である仮面親衛隊らを乗せた竜車の二台が、車輪を唸らせて発進する。片方の御者を、キイロが勤めていた。
「……こちらが後手を踏まされている以上、マサト君の安否はかなり絶望的ではありますが……それでも貴方は、諦めないのですね」
「……もちろんでありますッ!」
竜車内でそう呟いたベルゲンに対して、ノルシュタインは全く動じないままに、進んでいく前を見つめてそう答える。
「諦めなければ、思わぬ道が見つかると私は信じておりますッ! ネバーギブアップ、でありますッ! 私は必ず、マサト殿を助けてみせるのでありますッ!」
「……貴方がいると、何とかなりそうな気がして怖いですよ、ノルシュタインさん……」
そんな彼らの乗せたまま、竜車は加速していく。逃げた魔族らを、そして、後を追ったマギー達に追いつかんとする為に。
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