第218話 竜車でのチェイス


「皆さまッ! 見えたでございますッ!」


 わたくし達は乗ってきた竜車で木々が立ち並ぶ山道を走り、マサトを連れて逃げたと思われるバフォメットらを追っていました。


 あの後。嫌な予感が走ったわたくしは皆さまに向けて声を上げました。人国と魔国の両者がわたくしを見た直後。レイメイと呼ばれた双子が身を引いたと同時に、山小屋の壁を突き破って一台の竜車が走り込んできました。


 唐突なその来訪に思わず目を丸くしたのも束の間。自身の勘が警告を鳴らし、わたくしは再び叫びながら近くにいた皆さまの頭を伏せるようにしゃがみ込みました。


 野蛮人らがびっくりした次の瞬間。その竜車の内側から青い炎が溢れ出し、大爆発を起こしましたわ。


 距離があり、伏せていたわたくし達は無事でしたが、近くにいたオーメンさんらはその爆風と青い炎を受け、地面に倒れ伏しています。


 一部の方々はわたくしの叫びが届いたのか、伏せたり防御魔法を唱えている方もおられましたが、それでも、竜車から放たれた青い炎の威力により、無事では済みませんでした。


「……アタシの"蒼炎暴君(サファイアタイラント)"、受け取ってくれたか、し、ら?」


 やがて現れたのはバフォメットでした。その手に、魔族化したマサトを持ちながら。


「あんらぁ! みんなちゃんと受け取ってくれたみ、た、い、ねッ! アタシ、嬉しいわ~。んじゃ、用も済んだ事だし……行くわよ、レイメイ」


「「承知いたしました、バフォメット様」」


 そして、いつの間に準備したのか。山小屋からもう一台の竜車が現れ、バフォメットはマサトを連れたまま乗り込んで、さっさと動き出してしまいました。


「い、イルマッ!」


「はいでございますお嬢様ッ!」


 わたくしはすぐにイルマを呼び、自分達が乗ってきた竜車を用意させました。


「行きますわよ皆さまッ! 絶対に、逃しませんわッ!」


「おうよパツキンッ!」


「あったり前やッ!」


『絶対に、マサトを取り戻すッ!』


「逃しはしないよ~ッ!」


「ではお乗りくださいでございますッ! 飛ばしますのでお気をつけをッ!」


 そうして全員で乗り込み、行ってしまったバフォメット達を追いかけ始めましたわ。わたくし達は屋根布を取っ払ってむき出しのままの竜車ですが、相手は屋根付きの竜車で逃げております。


 最初はギリギリ見えないくらいだったのですが、イルマが竜達を加速させ、今では見える位置まで追いついてきたのです。


『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


「"炎弾(ファイアーカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!」


 それが見えた瞬間。オトハとウルリーカが即座に魔法を展開しました。


「ウルさん、いつの間に"操作(マニュアル)"覚えてたんや……?」


「オトちゃんの見てて使えたら便利だと思ってね。こっそり練習してたのさ。まあ、まだ自由自在とはいかないけど……」


『ううん。使えるようになっただけでも凄いと思うよ。いくよ、ウルちゃんッ!』


「おっけー、オトちゃんッ!」


 お二人の意志が宿った光と炎の塊が、前を走っている竜車へと向かいます。


 すると突如として、向こうの竜車の天井に穴が空きました。


「バフォメット様の邪魔はさせないよ、ねぇメイ?」


「ここまで追ってくるなんて命知らずだよ、ねぇレイ?」


「「人間如きが、悪魔を見くびるな……ッ!」」


 ピンク色ので髪の毛に水色瞳を持ったレイと、水色の髪の毛にピンク色の瞳を持ったメイ。先ほども現れた双子の悪魔が、走る竜車の上に立っていましたわ。


「そんな魔法、バフォメット様には近づけさせない……ね、メイ? "守護壁(ディフェンスウォール)"」


「そんなあなた達、ここで死になさい……ね、レイ? "炎弾(ファイアーカノン)"、"三連星(トリオス)"、"操作(マニュアル)"ッ!」


 そして片方は自分たちの竜車を守るように"守護壁"を展開し、もう片方は"炎弾"を三つ放ち、それを自在に動かしてきましたわ。なんという技量でしょうか。一つでも相当の労力を使う"操作"を三つ一遍になんて……。


「……これが……プロなのですわね」


「ああ……だが、諦める訳にゃいかねぇッ!」


 わたくしの呟きに野蛮人が反応しますが、すぐに負けられないと、自身の太刀を構えながらそうおっしゃいました。これも、イルマが用意してくださった本物の武器ですわ。


「……当たり前ですわッ!」


 当然。わたくしも諦めてなどおりませんわ。あの竜車にはバフォメットが……そしてマサトがいる筈です。ここで尻尾を巻いて逃げるつもりはサラサラありませんわ。


『ど、どうしよう? 相手の魔法の方が多くて、わたし達だけじゃ……』


「心配すんな嬢ちゃんッ!」


 オトハの心配そうな声に、野蛮人が声を上げます。直後、相手の"炎弾"の一つが、こちらに襲い掛かってきます。彼は少し前に出て真っすぐと太刀を上に振り上げ、構えました。


「"断魔一閃"ッ!!!」


 炎が近づいてきた次の瞬間。野蛮人の太刀が魔力を帯びて刀身を伸ばし、飛んでくる"炎弾"を一刀両断します。炎は真っ二つになってわたくし達の竜車の左右を抜け、木々に当たって爆発しました。


「真剣は初めてだが……悪くねぇッ! 魔法は全部俺が斬り払ってやるッ! 二人は攻撃に専念してくれッ!」


『ありがとう、エド君ッ!』


「さんきゅ~エド君ッ! いっくよ~ッ!」


 野蛮人の後押しを受けて、オトハとウルリーカの魔法が唸ります。しかしその二つは、相手の"守護壁"に阻まれてしまい、竜車まで届くことはありませんでした。


『……もう一回だよ、ウルちゃんッ!』


「おっけ~、オトちゃんッ!」


 それでめげる二人でもなく、続けざまに魔法を展開しております。やがてわたくし達の竜車は、立ち上る岩肌に面した道へと差し掛かりました。


「……これじゃ私は"守護壁(ディフェンスウォール)"を張り続けないといけないね、メイ?」


「……ちょっと手を変えてみようか、レイ。"炎弾(ファイアーカノン)"」


 すると、メイの方が岩肌に向かって魔法を放ちます。すると岩肌が崩れて、わたくし達の竜車めがけて岩等が降り注いできました。


「な……ッ!?」


「ワイに任せやァッ!!!」


 しかし、それに反応したのは変態ドワーフ。ご自慢のハンマーを持ち、わたくし達と少し距離を取ると、竜車の上で振りかぶりましたわ。


「オオオオラァァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」


 質量と馬鹿力の乗ったその一撃は、降り注ぐ岩を次々と払っていきます。流石に細かいの全てまでとはいかず、小さい石等は降ってきましたが、それでも走り続けることに支障はなさそうですわ。


「……じゃあ、これはどうかな? "炎弾(ファイアーカノン)"、"三連星(トリオス)"」


 すると、それを見たメイの方が、岩肌に向かって複数の炎を放ちました。連続して撃ちだされたそれらが岩肌に命中したかと思うと、今までとは比べものにならないくらいの巨石が降ってきます。


「ち、チンチクリンッ!!!」


「……万物の流れをただこの時のため、その全てをただ一心にここへ集約する。それを用いるのは我。ただただ己の全てを賭けてッ!」


 野蛮人が呼んだその時には、変態ドワーフは目を閉じて既に詠唱に入っていました。やがて彼の持つハンマーが光を帯び、一回り以上大きくなります。


 カッ、っと目を開けた彼はやがて飛び上がり、降り注ぐ巨石の前で思いっきりハンマーを振りかぶりました。


「ワイの全力全開のォォォ……"渾身"ッ!!! だぁぁぁりゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!」


 そのまま勢いよく巨石にハンマーを叩きつけました。直後、ぶつけられた箇所から巨石全体にヒビが入り、それは瞬く間に全体へと広がっていきます。やがてヒビから光が漏れ、巨石だったものは粉々に砕け散りましたわ


「……ップハァ! ハァ、ハァ、ど、どんなもんや、コンチクショー……ッ!!!」


 パラパラと破片が舞い散る中、竜車に戻ってきた変態ドワーフが肩で息をしながらそう口にしました。


「お見事でしたわ変態ドワーフッ!!!」


「ナイス、チンチクリンッ!」


『ありがとう、シマオ君ッ!』


「やっるじゃん、シマオ君ッ!」


「素晴らしいでございます、シマオ様」


「み、みんな……ワイ、やったで。やってやったでッ!」


 奮闘した変態ドワーフを労いつつも、わたくし達は走る竜車を追い続けました。


 ピンチは乗り越えましたが、未だに向こうに届いてすらいない状況。まだまだ気は抜けませんわ。

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